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Kaljo Kiisk『Madness』エストニア、精神病院にいる英国のスパイは誰だ?

半世紀以上に及ぶキャリアの中で20本近い作品を残したカリョ・キースク(Kaljo Kiisk)の代表作。2002年にエストニアの映画批評家が選んだエストニア映画TOP10で2位に輝いた一作。二次大戦中のある国で、ユダヤ人/共産主義者/パルチザンを一通り殺したナチス軍は、小さな村に建てられた精神病院に新たな矛先を向けた。派遣された小隊が患者を"森の散歩"に連れ出そうとしたとき、黒ずくめの男が病院の門を叩く。男の名前はウィンディッシュ、親衛隊の将校として病院に潜伏するイギリスのスパイを見つけ出すために派遣された男だった。そんな彼は、白衣に着替えて偽医師として調査を進めていく。病院なので医師も患者も白い服を着て、壁もドアも白いので、ウィンディッシュの黒服は異物だったわけだが、彼が白衣に着替えたことで、病院内での擬似的なアイデンティティを得て、狂人演技をするスパイ=自分と同じく借り物のアイデンティティを持つ者を探していくという展開は実に奇妙だ。『ショック集団』と比べる評もあったが、この映画は精神病院という舞台そのものにはそこまで興味がなさそうで、なんなら着任早々に500人以上いた患者から数人まで候補を絞っている。そして、簡易的な取調室を舞台のように設定し、患者の反応が演技であると信じているウィンディッシュの心の中を映像化していく。全体主義政権による閉鎖的環境下での同調圧力によって"正常"が変質していく過程の記録といった感じだが、『シャッター・アイランド』履修者としては、ウィンディッシュが元から狂人だったという展開になりそうでずっとヒヤヒヤしていた。相手の仮面を引っ剥がそうとすることに固執する話なのに、肝心の"相手"にバリエーションも深みもなくて、中盤が少々退屈だったのが玉に瑕…

主演はエストニアのレジェンド俳優ユーリ・ヤルヴェット。一番有名な出演作は『惑星ソラリス』なんだが、そう考えると同作にはエストニア(クナウト)・リトアニア(クリス)・アルメニア(ギバリャン)の大俳優とソ連から二人の大物(サルトリウスとハリー)が参加しているというバケモノみたいな映画なんだな。

・作品データ

原題:Hullumeelsus
上映時間:79分
監督:Kaljo Kiisk
製作:1969年(エストニア)

・評価:70点

・エストニア映画TOP10 その他の作品

1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Kaljo Kiisk『Madness』エストニア、精神病院にいる英国のスパイは誰だ? (1969)
3 . Peeter Simm『The Ideal Landscape』エストニア、種蒔きが…終わりません!! (1981)
4 . Grigori Kromanov『The Last Relic』ロビン・フッド、エストニアの大地を駆ける (1969)
5 . Sulev Keedus『Georgica』エストニア、見捨てられた孤島で二人… (1998)
6 . Kaljo Kiisk『The Adventurer / Happy-Go-Lucky』エストニア、世界の支配者ニペルナーディ (1983)
7 . Grigori Kromanov『Dead Mountaineer's Hotel』密室ホテル殺人事件、光と闇のSFノワール (1979)
8 . Leida Laius & Arvo Iho『Games For Schoolchildren』エストニア、孤児院に生きる少年少女たち (1985)
9 . Grigori Kromanov & Jüri Müür『The Misadventures of the New Satan』悪魔よ、人間が救済するに足る存在と証明せよ (1964)
10 . Olav Neuland『Nest of Winds』エストニア、世界に翻弄される農夫の絶望 (1979)

♪ その他のエストニア映画 ♪ (公開年順)
Leida Laius『The Milkman of Mäeküla』エストニア、欲に目が眩んだ男たちの末路 (1965)
Kaljo Kiisk『The Midday Ferry』ある日、燃え上がるフェリーにて (1967)
Veljo Käsper『Postmark from Vienna』エストニア、切手を巡る"真実"ゲーム (1968)
Leida Laius『Werewolf』エストニア、陽光の煌めきと幻惑の森 (1968)
Virve Aruoja & Jaan Tooming『Colorful Dreams』エストニア、カティのワンダーランドを垣間見る (1975)
Helle Karis-Murdmaa『Bumpy』エストニアの"ヘンゼルとグレーテル"は平和を訴える (1981)
Peeter Simm『Arabella, the Pirate's Daughter』海賊の娘、善悪を知る (1982)

ライナル・サルネ『Where Souls Go』エストニア、悪魔へのお願いを取り消したいんですが
ライナル・サルネ『The Idiot』全時代へ一般化されたエストニアの"白痴"
ライナル・サルネ『ノベンバー』現実と魔界が交錯するアニミズム的幻想世界
ヴェイコ・オウンプー『Autumn Ball』エストニア、タリンの孤独な人たち

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