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メーサーロシュ・マールタ『Bye Bye, Red Riding Hood』嗚呼、愛しの人を映し出す魔法の花よ!

メーサーロシュ・マールタ長編17作目。民主化前夜の1989年にカナダで撮った初の英語作品。カナダの製作会社Les Productions la Fêteが企画した家族向け映画シリーズ"Tales for All"の一本。東欧からも参加者が多く、ヴォイチェフ・ヤスニーやエリザベータ・ボシュタン(Elisabeta Bostan)なども参加している。題名から分かる通り、本作品は『赤ずきん』に緩く基づいている。冒頭では目がイカれるくらい真っ赤な部屋で眠る少女ファニが隣室で両親の喧嘩を耳にして、父親が家から追い出される姿を目撃する。そして、気象予報士の母親と二人、山奥の観測所(表現主義みたいな奇っ怪な建物)で暮らすことになる。ここでも真っ赤なドレスを着て、母親の言いつけを破って森の中へ入っていき、『赤ずきん』の物語を緩く辿り直すことになる。んだが、狼はデフォルメではなくガチ狼、中央部に顔が合成された魔法の赤い花、表現主義みたいな観測所などかなりチグハグなモチーフを闇鍋のように混ぜ合わせた奇っ怪な映画に生まれ変わっていた。ガチ狼は神出鬼没で、森を彷徨う孤独なファニに甘い言葉を囁いて誘惑し、彼女を住処に案内すると文字通り牙を剥くという、めちゃ小児性愛者ぽいムーヴをしてくる。狼の存在は大人になるための試練のような位置付けで、"みんなの心のなかに狼がいるんだ"みたいな設定だったが、それはそれでヤバいだろ。それに加えて、近隣の学校の生徒たちが森の空き地でサッカーをするという謎イベントまで発生し、そこで出会ったニックという少年と仲良くなるという挿話まで登場する。終盤で彼はファニを都会に案内するという重要な役割を担うことになり、自然での生活と都会での生活を対比させるという謎展開を支える人物となる。

もう一人の重要人物として、原作の"狩人"の役を担いながら、"父親"のような存在である鳥類学者の男がいる。当然のごとくヤン・ノヴィツキが演じている。神出鬼没にファニを狼から救い出すのは確かに"狩人"っぽい動きなのだが、夜中に母親と密かに会っていたり、狼と重ねられている部分もあったりと、完全に"狩人"或いは"父親"と重なる人物としては描かれていない。それでも、ファニは彼に父親の面影を幻視し(というか演じてるのは同じ人なので幻視もなにもないんだが)、彼を慕っている。そして、彼が研究のために野鳥を鳥籠で飼っている光景と、ファニが都会のサーカスで赤い鳥の衣装を着た踊り子を目撃したのは、やはり偶然ではなく、鳥類学者もまた狼と同じく"超えるべき壁"のような存在として描かれていることが分かる。この構造、実は『Diary for My Children』のユリとヤーノシュおじさんの関係性と全く同じなのだ。そういうメーサーロシュの"歪み"みたいなものを目撃したからこそ、本作品のラストで性犯罪者=狼を都会の部屋で幻視し、"私の心にも狼がいる…"みたいな謎エンドを迎えるのも、なんだか納得できてしまうのが怖いところ。

・作品データ

原題:Bye bye chaperon rouge
上映時間:94分
監督:Mészáros Márta
製作:1989年(カナダ、ハンガリー)

・評価:50点

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