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メーサーロシュ・マールタ『The Girl』ハンガリー、ある自立した少女の物語

傑作。メーサーロシュ・マールタ長編一作目。ハンガリーで初めて女性監督が撮った長編作品らしい→戦前にBalázs Mária『Spider's Web (Pókháló)』(1936) 、Riedl Klára『In the Palm of God (Isten tenyerén)』(1939)、Tüdős Klára『Light and Shadow (Fény és árnyék)』(1943)の三本が公開されており、女性監督初の長編ではないようだ。主人公は24歳の工場労働者エルジ。彼女は養子縁組が成立しないまま孤児院で過ごしてきた。孤児院の大人たちは子供たちへの愛を語るが、エルジはその押し付けがましい"愛"に嫌気が差している。そんな折、産みの母親を見つけた彼女は、招待されたと思い込んで田舎村を訪れる。しかし、母親はそれを既に後悔していて、エルジを追い返したがっている。エルジはそんな母親に"私は存在する"と何度も言い聞かせる。そして、若く自立したエルジは、社会的慣習に従順で、強権的な夫に押さえつけられている母親を批判し、自分はそんな圧力とは無縁であると信じている。彼女はどこにいても様々な男から(母親の夫からでさえ)嫌がらせに近いアプローチを受けるが、母親の心を麻痺させているような恐怖心を持たず、一人で人気のない道を歩き、そのへんにあった池で素っ裸になって水浴びすることさえ出来てしまう。そんな彼女の考えが最もよく現れているのが、彼女のセックスに対する態度である。熱心な追っかけの一人の誘いに乗っかって、彼女は彼とセックスするのだが、"女々しく"エルジに縋り付くその名もなき男に比べて、エルジは男の魅力や男への興味に駆られたわけではなく、自分が退屈だったり寂しかったりという理由で自分から男に近付いている。一方で、橋の上を追いかけてきた青年の罰金を肩代わりしたり、お前の両親を知ってると近付いてきたおっさんの食事代を出して、また会いに来たらお金もあげると発言するなど、目的もなく男性陣の失態をカバーする描写も見られるのが不思議。それも興味の表出なのか、時代の要請なのかは分からない。

母親に会いに行く紡績工場勤務の少女という設定、エルデシュ・パール『Princess』とほぼ同じなんだが、メーサーロシュ的な作品なんだろうか?

追記
メーサーロシュ・マールタは1936年ブダペスト生まれだが、2年後に彫刻家だった父親に率いられて家族全員でソ連に移住。しかし、スターリン体制下で父親は逮捕後に殺害され、母親も出産が原因で亡くなってしまい、ソ連の養母の下で育ったらしい。"家族"を巡る物語や"私は私である"という視点は彼女の出自から来ているのだろうか。

・作品データ

原題:Eltávozott nap
上映時間:81分
監督:Mészáros Márta
製作:1968年(ハンガリー)

・評価:80点

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