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ダルジャン・オミルバエフ『ある学生』現代カザフスタンに生きるラスコーリニコフ

ダルジャン・オミルバエフ長編六作目。今回は『罪と罰』を土台としている。主人公は金欠大学生、冒頭では映画撮影の現場で働いている。しかし、主演女優に惚れたスタッフがボーッとして彼女に熱々の紅茶をぶち撒けてしまい、撮影はご破産となる。映画監督役でダルジャン・オミルバエフが登場し、"若者はこんな気楽で呑気な生活を送ってると思ってるんですか?"と訊く学生新聞の記者に対して"そんなものは現実世界にいっぱいあるんだから映画くらい休息と楽しみを求めていいじゃないか"と返しているが、本作品自体は実に重苦しい。ラヴ・ディアスくらいずっとキレてる。資本主義の波に乗って金持ちになろう!弱者は強者に食われるだけだ!と説く大学教授、一方で西欧を軽蔑して修正社会主義を信奉する別の教授、犬に高級肉を買うブルジョワの世話をする警備員、高級車を泥沼から引っ張るロバをゴルフクラブで殴り倒す小金持ち、と拡大する不平等を可視化するような人々が登場する。そして、主人公の憎悪は、老人にツケ払いを認めなかった生活雑貨店の店主へと向く。そして、彼が祖父の勲章と引き換えに拳銃を確保したあたりから物語には漠然とした不安が画面内を渦巻き始める。特に実行に移す際の視線劇、日常生活に紛れる中で窓から見える通行人の影みたいな視覚化は良かった。また、近年のオミルバエフ作品の例に漏れず、夢オチ展開や殴られる場面を直接見せないシーンやドアに人が群がるシーンなどが入っており、金太郎飴みたいだなと思ってしまった(ヒッチコックのカメオ出演みたいに最早楽しみにしている感すらある)。原作のソーニャに相当する人物として、聾唖の少女が登場する。彼女はこの時代にあって詩人を続ける老父と車椅子の老母、二人の妹を支えながら家事全般をこなしているっぽい人物である。原作未読なんでどの程度似ているのかは不明だが、少なくとも映画では少女と主人公の関わり合いがほぼないので、純真無垢な障碍者に勝手に希望を見出すようなグロテスクさと気持ち悪さがあった。

・作品データ

原題:Студент
上映時間:92分
監督:Darezhan Omirbayev
製作:2012年(カザフスタン)

・評価:70点

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