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エミール・バイガジン『The Wounded Angel』鏡よ鏡、私のアイデンティティはどこへ消えた?

エミール・バイガジン長編差二作目。カザフスタンの人里離れた村で、自分の居場所を模索する四人の子供たちを描いたオムニバス作品。運命、転落、強欲、罪と名付けられた各章の題名に従った結末に向かって、少年たちはそれぞれの人生を辿っていく。<運命>は窃盗で捕まった父親を持つ少年の物語。父親は出所して帰宅するが、近所の好奇の目に晒されるのを、そして何より仕事しない父親を少年は嫌がる。しかし、ボクシング練習を通して二人の距離は縮まっていく。<転落>は伝統歌謡の歌い手として活動する少年の物語。気弱な少年の全てはマネージャーである母親に管理されており、音楽活動に支障の出る行為、特に喧嘩は自発的に行わないなど、同級生たちとの間に溝が生まれ始める。しかし、風邪を引いたことをきっかけに変化が訪れる。<強欲>は学校に行かず、廃工場で金属片を集めて売る少年の物語。ビジュアルが世紀末サバイバル映画、或いは『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のレイそのもの、つまりSF映画っぽい。ある日、少年の前に駕籠を担いだ少年たちが現れ、彼を地下世界へと誘う。以上、三人のその後については次章で少しだけ触れられる。<罪>は妊娠した恋人を養うために医学を志す青年の物語。寝食を忘れて勉強に励んでいる感じを出しているが、実際には勉強は遅れに遅れ、恋人には机上の知識しかないと窘められる始末。それでもなぜか"たまごっち"はやっている(カザフ語のたまごっちの響き…なんかエモい…)。各話でアイデンティティを失って破綻した三人の結末に触れ、自分はそうならないよう歯を食いしばるが、やがて自身も消耗して破綻していく…

バイガジンの映画の主人公たちは、ひたすら鏡を覗き込む。自分が何者であるか、自分の居場所がどこにあるかを確認するかのように、鏡の前に立って自分の瞳を覗き込む。しかし同時に、廃墟の入り口や窓によるフレーム内フレームと手前にある壁によって、世界と自分は切り分けられてしまってもいる。事実、彼らが分岐点に立たされて以降、一度も鏡を覗かない。その時点で彼らは、自分の信じた"間違った"道を進む以外の選択肢をなくしてしまっている。『ハーモニー・レッスン』とは違う形で、日常生活に隣接する地獄へスッと案内するバイガジンは危険人物に違いない。

・作品データ

原題:Раненый ангел
上映時間:113分
監督:Emir Baigazin
製作:2016年(カザフスタン, フランス, ドイツ)

・評価:70点

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