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Nele Wohlatz『The Future Perfect』アルゼンチン、新言語習得のもたらす新たな可能性

大傑作。Nele Wohlatz単独長編一作目。シャオビンは両親に呼ばれてブエノスアイレスに来た内気な中国人の少女。冒頭ではスペイン語学校でのレッスンが描かれている。簡単な質問に答えるというレッスンだが、単語が聞き取れずに的外れな回答をしたり、何度も聞き返したりしている。精肉店でアルバイトを始めるが、客の注文を間違えまくり、同僚(?)からは"もっとスペイン語覚えてから来て"と言われてしまう。レストランに入ってもメニューが読めない、駅のホームでも立ち往生している。映画はそんな彼女の小さな変化を繊細に拾い続ける。それは新しい言語習得のもたらす、新たな個人的/文化的可能性の発見の旅に他ならない。原題及び英題は"未来完了形"という意味の文法用語であり、それはシャオビンが複雑な段階までスペイン語を習得した証左でもあり、以前にはなかった想像力と可能性の探索を可能にしたということの証左でもあるのだ(ソシュール的な?うろ覚えだけど)。まるで『あなたの人生の物語』じゃないか。興味深いのはスペイン語学校にはアジア系、というか中国系の若い生徒しかいないということか。親世代は中国人同士の結婚を望み、スペイン語習得を無駄な努力と言い放ち、将来的には中国に帰って生活することを前提としている。しかし、若い世代はかなり柔軟に行動している。どちらが先かは謎だが、スペイン語の習得は彼らにとって良い方に働いているのは確かのようだ。また、中盤で登場するアルゼンチン人俳優(ナウエル・ペレ・ビスカヤール!)の挿話によって、未来完了形による"未来視"と演技が重なりあっていくわけだが、彼が指導する"泣く演技"というのが言語に依存しないのも興味深い。俳優は何ヵ国語も操る人物なので、行くとこまで行くと言語によって形成された無意識の域まで到達するのかもしれない。ちなみに、中国題は"完美的未来"らしい。ド直球。

・作品データ

原題:El futuro perfecto
上映時間:65分
監督:Nele Wohlatz
製作:2016年(アルゼンチン)

・評価:90点

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