見出し画像

メーサーロシュ・マールタ『Riddance』ハンガリー、労働者とブルジョワの越えられない壁

メーサーロシュ・マールタ長編四作目。初長編『The Girl』から本作品までの四作は、社会と個人の関係性から社会を覗き見る作品群であり、より個人に傾倒する次作以降の作品と区別するために、第一期とみなされることが多い。本作品の主人公は機織工場で働く女工のユトカ。昼間は働いて夜はダンスパーティに潜入する日々を送っている。そこでユトカはアンドラーシュという青年と出会う。しかし、彼女は自分が大学生であると偽ってパーティに参加し、アンドラーシュにも偽り続けていた。やがて身分を明かし、彼もそれを受け入れたように見えたが、決して親族には紹介してくれないし、外で明かすのは嫌がる。社会主義によって表面的な"平等"を獲得したかのように見える社会の中に、歴とした階級が存在しているのだ。アンドラーシュはユトカが自分に相応しい身分であることに拘り続け、嘘を付くよう要求する(この幼稚な感じ、後の『ナイン・マンス』の上司にも似ている)。ようやく招いてくれたアンドラーシュの実家では、息子に労働者の彼女がいる可能性すら疑わないアンドラーシュの母親は、全く噛み合わない価値観を見せつけてくる。ユトカの労働風景や社員寮での生活風景を挿入するのは、彼女の感情の移ろいを具に描写するのに加え、大学やアンドラーシュの実家の"優雅な"生活との対比という意味もあったわけだ。家族全員で新築の一軒家で食事をするアンドラーシュ家族に対して、ユトカの両親は離婚していて、母親はヒモ男と一緒に暮らしていて("幸せなの?"という質問に涙を浮かべる母親…貴方は幸せになって、みたいな目線…とてもつらい…)、といった具合に、これでもかと断絶を提示してくる。こうして社会構造はユトカの内面の矛盾へと転換され、見事な心理ドラマを社会主義リアリズムの文法で構築していく。今度は君の両親に会わせてほしいと言われて召喚した、何年も会ってない父親が、父親同士なんか仲良くなっちゃうシーンは、嘘だと知るユトカ&アンドラーシュ目線では地獄。

・作品データ

原題:Szabad lélegzet
上映時間:81分
監督:Mészáros Márta
製作:1973年(ハンガリー)

・評価:80点

・メーサーロシュ・マールタ その他の作品

メーサーロシュ・マールタ『The Girl』ハンガリー、ある自立した少女の物語
メーサーロシュ・マールタ『Binding Sentiments』ハンガリー、政治家の妻としての私
メーサーロシュ・マールタ『ドント・クライ プリティ・ガールズ!』70年代のブダペストとビート音楽と
メーサーロシュ・マールタ『Riddance』ハンガリー、労働者とブルジョワの越えられない壁
メーサーロシュ・マールタ『アダプション/ある母と娘の記録』ハンガリー、ある"母"と"娘"に関する物語
メーサーロシュ・マールタ『ナイン・マンス』ハンガリー、自分らしく生きるための孤独な戦い
メーサーロシュ・マールタ『マリとユリ』ハンガリー、互いに手を差し伸べあうシスターフッド
メーサーロシュ・マールタ『Just Like at Home』ハンガリー、擬似的な父娘関係と幼年期への憧憬
メーサーロシュ・マールタ『ふたりの女、ひとつの宿命』ハンガリー、代理出産と混じり合うアイデンティティ
メーサーロシュ・マールタ『Diary for My Chidren (日記)』メーサーロシュ・マールタの壮絶な少女時代
メーサーロシュ・マールタ『Bye Bye, Red Riding Hood』嗚呼、愛しの人を映し出す魔法の花よ!
メーサーロシュ・マールタ『The Seventh Room』哲学者/聖エーディト・シュタインの生涯
メーサーロシュ・マールタ『Aurora Borealis: Northern Light』ハンガリー、あの時代を生きた私から貴方へ

この記事が参加している募集

映画感想文

よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!