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メーサーロシュ・マールタ『マリとユリ』ハンガリー、互いに手を差し伸べあうシスターフッド

大傑作。メーサーロシュ・マールタ長編七作目。メーサーロシュ・マールタ特集上映配給のライトフィルム様よりご厚意で試写を観せていただく。役者再登場の好きなメーサーロシュだが、今回はリリ・モノリとヤン・ノヴィツキがボドナールネー・ユリとボドナール・ヤーノシュという、前作と全く同じ役名で同じ境遇の元夫婦を演じている(別人ではあるが精神的続編と言っても過言ではない)。また、後にメーサーロシュの分身として"日記"三部作の主演を務めることになるツィンコーツィ・ジュジャは本作品が初登場となる。マリは紡績工場の女性従業員寮の寮監をしている。そこに従業員のユリが娘のジュジを連れてきてしまう。アル中で暴力的な夫ヤーノシュから逃げてきたらしいが、寮の規則では子供を入れられない。ユリの虚勢に何かを感じ取ったマリは、規則を捻じ曲げて、彼女を自分の部屋に招き入れる。そして二人は唯一無二の友情を結ぶ。ユリにとってマリは、初めて出会う、自分を疑うことなく支えてくれる存在となり、一方、マリにとってユリは、初めて出会った心を許せる存在となった。

マリの夫フェリは仕事の都合で1年間モンゴルへ単身赴任することになった。この"モンゴル行き"に対する考えが、ユリとヤーノシュ夫婦に出会ったことで180度変わっていく。この夫婦の愛はかなり情熱的で、互いへの愛情と憎悪が目まぐるしく入れ替わる。これを間近に目撃したマリは、自分とフェリの20年に及ぶ結婚生活が"なし崩し"的に進んでいたことを知り、彼の"モンゴル行き"が苦痛ではなく寧ろ安堵であることを理解する。こうして、手を差し伸べる側だったマリも、ユリとは別種の不幸を抱えていることが明らかになるわけだが、ならば互いに手を差し伸べ合えば良いとなるのがこの映画。ちなみに、ヤーノシュとフェリ以外は四人のうちの誰かが二人きりになる瞬間があり、ユリとフェリ、マリとヤーノシュの会話から、妻と女性一般への対応差が分かり、かつ、マリとユリが互いの夫への防波堤のような役割を果たしている。シスターフッド映画の教本みたいだ。

ヤーノシュという人物像も興味深い。彼はユリの愛情を手に入れるためにアルコール依存症を抜け出そうともがいており、幾度となく失敗している。メーサーロシュの作品はフェリみたいなナチュラルなカスばかり登場していたので、問題はあれど女性側に歩み寄ってる男性は初登場なのではないか。また、これまたメーサーロシュ作品に初登場となる子供のメインキャスト、ジュジの存在も興味深い。彼女は大人たちの安寧の揺らぎを最前線で観測し続けている。もしかして、ジュジは本作品においても監督本人の分身だったりするのだろうか?

今回も、役者再登場として、『アダプション』のヴィーグ・ジェンジェヴェールが工場の同僚役、『The Girl』のカティ・コヴァーチがパーティの歌手役(本人も歌手)で登場している。メーサーロシュ・シネマ・ユニバース(MCU)、また一本追加です。

・作品データ

原題:Ők ketten
上映時間:94分
監督:Mészáros Márta
製作:1977年(ハンガリー, フランス)

・評価:90点

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