見出し画像

ローラ・ポイトラス『美と殺戮のすべて』それは姉の見た世界、私の歩んだ記憶

大傑作。2022年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品、金獅子受賞作。1965年に自殺した姉バーバラに捧げられた映画であり、原題も診断書に書かれた"彼女が見た世界"を指す言葉から取られている。それはある意味で、後に妹ナンが歩んだ人生そのものであり、すべてが姉の"物語"に帰着しているようにも見える。ナンは冒頭で、物語と記憶の違いを語っており、生の記憶を残すために写真を撮っているとしていたが、姉の人生については"姉の物語"としていることが、まさに本作品のすべてを表しているのではないか。姉が先に見てしまった"臭いがあり""汚い"世界をナンが辿り直し、それを姉に語りかけているようでもあった。なんだかペトラ・コスタ『Elena』を思い出した。全てが、姉を殺した世界との戦いの記録なのだ、と。映画は、ナンの幼少期の記憶と現在のナンの戦いが交互に語られ、個人/芸術と社会/政治との関係性が終盤のAIDS関連の出来事によって交わり合っていくように構成されている。社会のあぶれ者として自らを認識していたナン(或いはその仲間たち)が、実は自分は社会の構成員であることを自覚していき、オピオイド中毒のサバイバーとしてサックラー家に声をあげる活動がそれまでの人生となんら分断なく繋がる様を描いている。突如政治に目覚めた芸術家、ではないのだ。私生活を撮るのは芸術じゃないと批判された10年後に、政治色が濃いのは芸術じゃないと批判されたというエピソードは実に象徴的だ。そんな彼女ですら、冒頭でサックラー家への活動を始めるにあたって"キャリアを失うのを恐れた"と発言しており、それに対してP.A.I.N.のメンバーが"今度は覚悟して"と応えていたのが印象的だった。

ナンが出演した映画からいくつか引用されていた。監督のうちヴィヴィアン・ディックについては言及してたけど、ベット・ゴードンについては言及あったっけ?二人ともご存命のようです。

・作品データ

原題:All the Beauty and the Bloodshed
上映時間:122分
監督:Laura Poitras
製作:2022年(アメリカ)

・評価:90点

・ヴェネツィア映画祭2022 その他の作品

1 . ローラ・ポイトラス『美と殺戮のすべて』それは姉の見た世界、私の歩んだ記憶
2 . サンティアゴ・ミトレ『アルゼンチン1985 ~歴史を変えた裁判~』巨悪と戦う民間人ヒーローたち
3 . ロマン・ガヴラス『アテナ』"レ・ミゼラブル"のその後…
4 . マーティン・マクドナー『イニシェリン島の精霊』バリー・コーガンの無駄遣い
5 . アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ『バルド、偽りの記録と一握りの真実』重症化したルベツキ病と成功した芸術家の苦悩
8 . ルカ・グァダニーノ『ボーンズ アンド オール』ハイウェイキラー的食人ロードムービー
9 . スザンナ・ニキャレッリ『キアラ』私たちは孤独、でも一緒
10 . フレデリック・ワイズマン『A Couple』レフ・トルストイの夕食を作ったのは誰か?
11 . ジョアンナ・ホッグ『エターナル・ドーター』母と娘についての"スーベニア"
12 . エマヌエーレ・クリアレーゼ『無限の広がり』アドリの見た世界の広がり
14 . 深田晃司『LOVE LIFE』どんなに離れていても愛することはできる
15 . アンドレア・パラオロ『Monica』モニカの帰郷と静かな和解
16 . ジャファル・パナヒ『熊は、いない』そんなものは怖がらせるためのハッタリだ
17 . レベッカ・ズロトヴスキ『Other People's Children』"人生は短くて長いんだ"
20 . フロリアン・ゼレール『The Son / 息子』ある父と息子の物語
21 . トッド・フィールド『TAR / ター』肥大したエゴを少しずつ剥がして残るものは?
22 . ダーレン・アロノフスキー『ザ・ホエール』ある"巨大クジラ"の物語

この記事が参加している募集

映画感想文

よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!