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Arvo Kruusement『Autumn』あのキールが遂に結婚し農場を買います

表題の時点で、どうでもいいわなと思った貴方、正しいと思います。Arvo Kruusement長編七作目。20世紀初頭、エストニアの小さな田舎町の青年たちを描いたオスカル・ルッツ(Oskar Luts)の半自伝的小説群"四季"シリーズの映画化作品三本目。前作『Summer』から14年、一作目『Spring』から21年が経ち、今回も監督以下スタッフ/俳優全員同じ人が揃って同じ人物を演じ、俳優たち個人の成長とキャラの成長が重ねられている。時は戦間期共和国時代、お馴染みの彼らも中年になった。今回の主人公はポンコツすぎてイジられまくっていた仕立て屋のキールである。物語はお馴染みの町パウンヴェーレにユーリとマーリという二人の針子がやって来るところから始まる。この姉妹はシンガー社のミシンを持参しており、キールは商売敵と認識するが、すぐにベタ惚れして姉のユーリと結婚するに至る。するとなぜかキールは彼女を放置してマーリのケツを追い回し始め、仕事を頼みに来たトゥーツもマーリに惹かれ…(それをテーレに見られ…)という謎展開に。後半は前作同様農場経営に憧れるキールが頑張って農場を買う話にシフトする。全体的に関連のない物語を無理矢理混ぜ合わせたような感じで、"男ならまずは結婚して次に家を買うでしょ"という認識が根底にあるのが中々に厳しい。原作者オスカル・ルッツまで登場し、テーレがパウンヴェーレの現状を聞かせるというメタ的な笑いも含んでいたが、そんな内輪ネタやってる暇あったら本筋をもっと丁寧に語るべきなのでは…と思うなど。だって、トゥーツがマーリに産ませた子供を、ユーリとキールの間に子供が出来ないから引き取っちゃえ!それで大団円!とかグロテスクすぎるだろ。ただこれ、シンプルにArvo Kruusementの実力不足説はある。ここまでチヤホヤされてるのは人気原作シリーズを実写化したからって下駄履いてるだけだろ(そもそもチヤホヤされてるのか…?)。

一方で、社会背景の変化は興味深い。独立戦争に勝利して独立を勝ち取った直後の時代が舞台ということもあって、民族自決を直接的に呼びかけるような内容になっている。キールが前作以上に農場に固執するのも、エストニア人として自分の土地を持ちたいという強い思いがあるからだろう(と無理矢理流し込んだ)。ラストでは『Spring』『Summer』が"思い出の場所"として引用され、全員で校舎に戻ってくるというエモ演出まであった(アルノ…いた?)。製作されたのが1990年という独立前夜であることも重要だろう。

まともなのはテーレさんだけ?実はテーレさんもヤバかった?

・作品データ

原題:Sügis
上映時間:85分
監督:Arvo Kruusement
製作:1990年(エストニア)

・評価:40点

・"四季"四部作 その他の作品

1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Arvo Kruusement『Summer』ぜんぶアルノのせい (1976)
3 . Arvo Kruusement『Autumn』あのキールが遂に結婚し農場を買います (1990)

・エストニア映画TOP10 とその他の作品

1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Kaljo Kiisk『Madness』エストニア、精神病院にいる英国のスパイは誰だ? (1969)
3 . Peeter Simm『The Ideal Landscape』エストニア、種蒔きが…終わりません!! (1981)
4 . Grigori Kromanov『The Last Relic』ロビン・フッド、エストニアの大地を駆ける (1969)
5 . Sulev Keedus『Georgica』エストニア、見捨てられた孤島で二人… (1998)
6 . Kaljo Kiisk『The Adventurer / Happy-Go-Lucky』エストニア、世界の支配者ニペルナーディ (1983)
7 . Grigori Kromanov『Dead Mountaineer's Hotel』密室ホテル殺人事件、光と闇のSFノワール (1979)
8 . Leida Laius & Arvo Iho『Games For Schoolchildren』エストニア、孤児院に生きる少年少女たち (1985)
9 . Grigori Kromanov & Jüri Müür『The Misadventures of the New Satan』悪魔よ、人間が救済するに足る存在と証明せよ (1964)
10 . Olav Neuland『Nest of Winds』エストニア、世界に翻弄される農夫の絶望 (1979)

♪ その他のエストニア映画 ♪ (公開年順)
Leida Laius『The Milkman of Mäeküla』エストニア、欲に目が眩んだ男たちの末路 (1965)
Kaljo Kiisk『The Midday Ferry』ある日、燃え上がるフェリーにて (1967)
Veljo Käsper『Postmark from Vienna』エストニア、切手を巡る"真実"ゲーム (1968)
Leida Laius『Werewolf』エストニア、陽光の煌めきと幻惑の森 (1968)
Virve Aruoja & Jaan Tooming『Colorful Dreams』エストニア、カティのワンダーランドを垣間見る (1975)
Arvo Kruusement『Summer』ぜんぶアルノのせい (1976)
Leida Laius『The Master of Kõrboja』エストニア、湖が導く出会いと別れ (1980)
Helle Karis-Murdmaa『Bumpy』エストニアの"ヘンゼルとグレーテル"は平和を訴える (1981)
Peeter Simm『Arabella, the Pirate's Daughter』海賊の娘、善悪を知る (1982)
★ Arvo Kruusement『Autumn』あのキールが遂に結婚し農場を買います (1990)
ヴェイコ・オウンプー『Autumn Ball』エストニア、タリンの孤独な人たち (2007)
ライナル・サルネ『Where Souls Go』エストニア、悪魔へのお願いを取り消したいんですが (2007)
ライナル・サルネ『The Idiot』全時代へ一般化されたエストニアの"白痴" (2011)
ライナル・サルネ『ノベンバー』現実と魔界が交錯するアニミズム的幻想世界 (2017)

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