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テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本 /パナソニック汐留美術館

  「テルマエ」とは、古代ローマの公共浴場。厳格な階級社会のガス抜き策として、市民に広く提供された娯楽のひとつである。
 本展では、古代ローマ市民の暮らしと楽しみを枕としてテルマエの詳細に迫り、日本の「お風呂史」についても駆け足でみていく。ナビゲーターはもちろん、マンガ『テルマエ・ロマエ』のルシウスだ。

 最もよく知られるテルマエが「カラカラ浴場」。展示室に入ると、《カラカラ帝胸像》(212~217年  ナポリ国立考古学博物館)が出迎えてくれた。テルマエは階層の垣根を超えて “裸のつきあい” ができる場所でもあり、ときには皇帝が入ってくることもあったとか。

 カラカラ像の背後に、銀化の美しい古代ガラスの小壺が、いくつも並んでいた。
 入浴後に身体に塗り込む精油や、石鹸代わりの粉を入れて携行するための容器である。《ゴールドバンド装飾瓶》(1世紀  平山郁夫シルクロード美術館)は前者、《銅製把手付ガラス壺》(3~4世紀  MIHO MUSEUM)は後者の容器とされている。

 古代のお風呂セット《入浴道具》(1世紀  ナポリ国立考古学博物館)には、上の《銅製把手付ガラス壺》によく似た小壺がついている。各種の道具はカラビナ(手錠?)のような環でまとめられており、忘れ物の心配がない。

  「し」の形をしているのは「ストリギリス」と呼ばれる道具。汗を掻き取るとともに、マッサージ効果もあったという。角度の違う3つが付属。垢擦りと孫の手の中間といったところだろうか。
 フライパンに似た「パテラ」は、お湯をすくって身体にかける……つまりは、マイ風呂桶である。

 温泉はいうまでもなく、健康によい。
 その点は古代人たちも充分に認識しており、それゆえ治癒を司る神・アポロンや泉の精・ニンフの彫像がテルマエを飾った。《アポロとニンフへの奉納浮彫》(2世紀  ナポリ国立考古学博物館)は、じっさいに温泉跡から発掘されたもの。

 この他にも、古代ギリシャの名作彫刻のコピーや複雑な文様のモザイクタイルが、テルマエの内装としてふんだんに用いられた。会場には、そんな非日常空間の雰囲気が再現された一角も(下のポストの画像・左下)。

  「水を制する者は国を制する」とはよくいったもので、大量の水を必要とするテルマエ自体に、ローマ帝国の権威や高い水道技術が凝縮されているともいえよう。《ライオン頭部形の吐水口》(1世紀   ナポリ国立考古学博物館)はそういった往時を偲ばせる品だが、ライオンの必死な顔つきに思わずクスッとしてしまった。


 続いて始まる日本パートでは、奈良・法華寺に伝わる光明皇后の浴場での霊験譚、武田信玄や豊臣秀吉の隠し湯の逸話などを経て、近世・近代が話題の中心。
 歌川国貞(三代歌川豊国)《江戸名所百人美女 御殿山》(安政5年〈1858〉 ポーラ文化研究所)は、湯に浸けた糠袋で身体を浄める女性の図。

 腰をくねらせ、首をひねるポーズはあざとくもあり、窃視的。危うさを感じる絵であるいっぽう、桶からあがる湯気は棒状に林立するヘンテコなかたちで、こちらでもクスッとしてしまった。

 柘榴口つきの江戸の湯屋、近代に出現した唐破風の銭湯といったジオラマに、銭湯の暖簾、ケロリンの黄色い桶まで。
 このあたりは銭湯研究家として知られる町田忍さんの独壇場で、ほとんどが町田コレクションからの借用となっていた。
  「銭湯の暖簾は、関西では丈が長い」「ケロリンの桶は、当初は白。汚れやキズが目立つため、途中から黄色になった」などなど、お風呂に関する豆知識が散りばめられていた。  

 ケロリン桶とともに飾られていた「入浴の御注意」のホーロー看板は、下3分の1ほどが広告になっている。展示品はなんと、ナショナル製のテレビと電球の宣伝!  よくみつけてきたものだ。
 また、昭和30年代から家庭に普及していったという内風呂の紹介映像の最後に、現代のお風呂として、パナソニックの最新バスタブがさりげなく登場。
 さすがはパナソニック東京汐留ビルのなかにあるパナソニック汐留美術館。自社の宣伝をサブリミナル的に挟み込みつつ、本展はお開きとなった。

 ——このように、本展の内容は、世界史好きにも日本史好きにもおすすめできる。それに、お風呂が嫌いな人はあまりいないであろうから、万人が楽しめる展示といえよう。
 観覧後、どうしてもお風呂に入りたくなったら、徒歩圏内の銀座8丁目「金春湯」へどうぞ。こちらもおすすめ……


 ※ジョルジュ・ルオーの館蔵作品を常設する「ルオー・ギャラリー」では、テルマエ展に合わせて「水のある風景」という小展示を開催。《キリストと漁夫たち》(1947年頃)など。

(昨年のルオー展で撮影)
パナソニック東京汐留ビル前のヤエザクラ。右に少しみえるのは、新橋停車場

 ※新橋停車場に、こんな施設がオープンするらしい。銀座ライオンがコロナ禍で撤退してから、ずっと空いていたところ。


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