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🇯🇵🔮この名前読めますか🤗🔮

俺は沖縄にいる。

今回は沖縄復帰50周年で
平和記念公園とひめゆりの塔がメインだ。

ゆむちんの里の駐車場で
「ハブに注意」
極小看板は
地上から高さ20センチくらいで
その看板を見た瞬間にハブに
襲われるだろう。

一昨日は宜野湾のプリンスホテルに宿泊した。

新しいホテルで何よりプールや
温泉が素晴らしい。

びっくりしたのはスタッフの名前だった。

彼の名前は阿波根/あはごんさんだ。

俺は驚きすぎて笑い意気投合した。

そういう地域があるらしい。

最近の名前では
「光」とかいて「きらり」

「空」とかいて「スカイ」

「宇宙」とかいて「ひろし」

もいるらしい・読めないから・笑

そして人生で最も読めなかったのは
俺の高校時代の同級生だった。

彼の名前は

「大織」

だった。(名字ではなく名前)

彼は野球部で威勢が良かった。

新任の先生がフルネームで名前を
呼ぼうとする度に間違えていた。

先生A「えーー!ひろお、ともお、えー」

先生B「えー、だいしょく、だいしき、えー」

先生C「なんて読むの?」

彼は小さい頃からだろう!
先生が間違えるたびに
とっても大きなため息をつき
怒り震え先生に噛みついていた。

大織「もう、またか!まじかよ!
           何度も言わせんな!
          いい加減にしてくれよ!」

大織「1回しか言わねえからな
   俺の名前は、と・も・あ・き!だよ
   勘弁してよ。読めるだろ!一回で覚えろ」

彼がいうたびにクラス中が笑い
どの列からもどの角度の生徒からも
突っ込まれていた。

クラス「読めねーよ!当て字すぎだろ」爆

俺「お前、今すぐ改名してこい!
  漢字検定1級にも出ねえ!」笑

ともあきは野球部でも足が早く
最も盗塁を成功していた有名人だった。

授業中にもその熟練の技が随所に現れていた。

中でも授業開始直後の早弁と睡眠を最も得意とし
その速さと反射神経には目を見張るものがあった。

実際俺は目を見張った!
*先生は諦め目をつぶった。

何より彼が

1 教科書で弁当を隠し
  先生の視界をディフェンスし
  米を駆け込む速さ!

2 先生が1歩近づくと弁当箱を
  大至急閉じるその危険察知能力!
  何より何十ものご飯粒を
  教科書にくっつける長打力と
  次のページが開かなくなって
  慌て悲しい切ない顔!をした演技力!

特に目を見張ったのは
日本史の教科書全ページ・文字に
赤い蛍光ペンでラインを引き
緑のシートを当てたときに
全部真っ黒になって慌てた時だった。

大織「これ!覚えらんねえから!
   昨日はこれ引いて1日終わった」

無謀な若さと突破力!

特に日本史の教科書全ページ・文字を
全部暗記しようと真っ黒にした
この前代未聞の偉業は
俺が言いふらしたことで
全校生徒に拡散していた。

俺は気分が良かった・笑った。

先生「長年教えてきたけど
   全ページ真っ黒の生徒はお前が
   初めてだぞ!仏像まで塗るなよ!」

*ともあきは仏像や神社仏閣まで
色を塗っていたから前代未聞で異次元

俺「最初からペンキで濡れや!」

俺はいつしかこのともあきをライバル視し
彼も俺をライバル視していた。

中間や期末テストでは

大織「お前さっきからみんなよ!
   先生っ!こいつ俺の見てます!
   わざと消しゴム落として
   俺のカンニングしました!
   注意してください!」

俺「誰がお前のなんか見るかよ!
  お前、早弁・早寝・盗塁ばっかして
  学校に一体何しにきてんだよ!勉強しろ!
  ブロッコリーばっか食ってんじゃねえぞ!
先生っ!こいつ今すぐ退学させてください!
お前次の休み時間に転校しろよな!」

先生「お前らいい加減にしろ!
2人とも学年でいつも700番台だろっ!」

俺「やめろ!いうな!みんなの前でっ!

先生!廊下に立ってなさい!」

俺の高校は中高一貫校の進学校で

クラスの半分は早慶上智に進学し
一学年750人もいた。

そして俺はいつも720番くらいの
成績を頑なに納めていたのだ。

特に国語の偏差値は30くらいで
空欄があれば「しかしながら」
を入れることが最も得意だった。
なんなら冒頭の空欄にも入れてた。

先生に面談されても700番台から
動きたくないと成績を上げることを
頑なに断っていた。

先生「お前今回期末よかったな!
  690番だぞ!」

と言われた時も

風邪で30人が休んでいることに気づき
先生を鬼の形相で睨みつけた。
安定の成績を築いていた。

だが高2の中間の数学テストで
学年平均が14点(100点中)
で俺は0点をとったのだった。

何よりショックだったのは
マルバツ20問の選択肢を
全て間違ったのだった。

大織は5点だった。

俺はこの時、数学の先生に
詰め寄ったことを今でも思い出す。

そして学年トップクラスの友人が
12点で泣いていたのをなぜか
0点の俺が慰め
その日熱海の別荘に直行した
ことを今でも鮮明に思い出す。

*なぜ0点の俺が
12点のお前を慰めないといけないんだ!
逆だろ!俺を慰めろ!

このことをきっかけに
俺は理系から文系へと
余儀なくされたのだった。

この教訓から学べることはこうだ!

1 自分の名前を再確認し羽ばたけ!
俺は生まれた時2500グラム
の未熟児だったから
親が大きく丸く育つようにと
「大丸」という名前を
つけようとしたらしい!

もしガリガリで大丸だったらと思うと
ゾッとする!

ちなみに亡くなったお爺さんは
長男だが「三次郎」だ

これは笑ったがよく聞くと
昔は長男が誘拐やトラブルに
巻き込まれないようにするための
名前だったらしい。

とにかく親や先祖からもらった
自分の名前を今一度考え
意味を把握し感謝し
自分を改めて見つめ直そう!

自分の名前の意味を深掘りすることで
親や先祖が願った自分への
思いを感じて生きよう!

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