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ホームレス、トーマス・ヴァンスの軌跡 a story of Thomas (1)

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プロローグ
  マンハッタンのロウアー・イーストサイドと言えば、以前は日中歩くのにも緊張する地区だった。アルファベット・シティーとして知られるアベニューA.B.C.D地区には、アルコール中毒者やホームレスがたむろし、廃墟ビルが失われた時代の遺物として点在していた。その同じビルが不動産バブルの波に乗って、今では高級アパートに生まれ変わり、人気を博しているのを見ると複雑な気持ちになる。

第一話

幻の紅茶 (1)
  電気も水道もない廃墟(写真)。そこがトーマス(40)とアーリン(39)の住まいだった。1989年、夏も盛りを過ぎた頃、スクワッター(不法廃墟居住者)として生活している彼らと知り合った。
  当時、私はニューヨークの日系地元紙の記者カメラマンとしてスクワッターの話を聞こうと、この廃墟に何度か足を運んでいた。なぜ、どのようにそのような生活に至ったのか、そこで生きるとはどういうことなのかをルポしたいと思ったのだ。その日も入り口の赤いドアの前でいつ現れるかも分からない住人を待って途方に暮れながら座り込んでいた。「また今日も誰にも会えないのだろうか」。
  荒れたアスファルトの舗道は日に焼けて熱く、消火栓から流れ落ちる水の音だけが聞こえる静かな夏の午後だった。そこへ突然扉が開いて、中から二人が現れたのだ。
  「今からこの先の公園に昼飯を作りに行くけど来るかい?」ー。
それがトーマスと私の、4年に及ぶ不思議な旅の始まりだった。

                             (つづく)
                        


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