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ホームレス、トーマス・ヴァンスの軌跡 a story of Thomas (6)

第六話

再起への道(3) 約束の力

  1990年9月。
  ブルックリンの私のアパートの電話が鳴った。トーマスの、いつもの穏やかな声が響いた。
  「サトル、実はあの廃墟が火事になった。みんな燃えてしまったよ。今は70丁目近くの安ホテルに転がり込んでいる。今日は、頼みがあって電話をしたんだ。ほら、オレのサクセスストーリーを作るって言っていただろう。だから、今の状況も写真に撮っておいて欲しいんだ。何もかもが無くなってしまったあの部屋を…」。
  1年前の約束がトーマスの中で何かになっている。マンハッタンの路上で知り合った、どこの誰かも分からない私の言葉を、この男性は自分の内部に摂りこみ、生きる励みにして来たのだ。あの不思議な夏の午後に始まった旅の進展に、驚くことしか出来なかった。

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 火事の後のトーマスの部屋。入口のドアのカギは破壊され、中にすんなり入れた。薪ストーブどころか、何もない伽藍洞。(1990年9月) 

   火事で焼け出されたトーマスは結局、ホームレス・シェルターに入ることにする。武器携帯者や盗みの常習者が多く、逃げ出す者も少なくない悪名高いホームレス収容施設に入ることを彼が甘受したのには、深い理由があった。そうすることで市が所有する低所得者用のアパートへの入居資格が得られるからだ。

  そして幸運にも福祉団体の援助で、程なくしてマンハッタン119丁目のスパニッシュハーレムにある1寝室のアパートをあてがわれることになる。
居を構え、児童福祉事務所の育児クラスを受講したトーマスに、ニューヨーク市はようやくケンドラを手渡すことを認めた。1991年1月30日、トーマスの大きな手に我が子ケンドラが戻ってきたのだ。

                             (つづく)

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昼寝をするケンドラ。(1991年2月)

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将来の就職の準備で、運転免許証取得を目指し、教習中のトーマス。(1991年2月)

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すやすや眠るケンドラ。福祉団体の援助であてがわれた快適な1寝室のアパートで。(1991年4月)

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昼寝から目覚めたケンドラ。(1991年4月)

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あー臭い。でもオレの子だ。オムツをチェック。(1991年7月)

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