学校に行かなくても将来は大丈夫なのか


学校に行っていない小3の息子に聞いたことがある。

「ねぇねぇ、たけるは学校行かないで、勉強も嫌なら無理にしなくて良いって生活してるでしょ? ずっとこのままでいいと思う?」

この質問は、やっぱり勉強はできた方が良いよね、、良い大学を出ておかなければ可能性が狭まってしまうのではないかな、、と、ふと将来への不安がよぎったから聞いたのだと思う。

「う~ん、大学は行くかもしれない。高校はわかんない」と息子。

「そっか。大きくなってからさ、勉強しなさい! 学校行きなさい!って、なんでもっと強く言ってくれなかったの~、なんて言わないかなぁ」私がそう言うと、息子はひどく怒った顔と声で、「何言ってんの? 自分で決めたんだ」と言った。息子は、子どものことを信じない、自分の不安や価値観をちらつかせる私の心に敏感に気づき、嫌がる。

またある日、ごみ捨てに行きながら話をした時、「たけるはどういう人になりたいんだろう?」と聞いた。

「結婚する。結婚して家で仕事する」と言った。なんて素敵な答えだろうと思った。彼の幸せのイメージは家庭の中にあるのだと感じられた。


つい、華やかな世界で活躍している人が輝いて見える。学歴や地位、名声がなければ何かを実現するのが難しいように見えたりする。でも、それが幸せと直結しているのではない。まだ小学生で、世の中や仕事のことなどわからないけれど、息子は、自分が競争することが嫌いで、自由を奪われコントロールされることも嫌いで、安全でないと感じる人や環境と関わることが極めて苦手なことを、自分でわかっている。だから学校へは行かない。それが自分。しかしそれだと社会性や適応力など身につかないのでは、と心配の声があがる。

社会性… 適応力… それは学校に行かなければ身につかないものだろうか。そういうのは、目的があって、自分が求めて選んだ環境の中では自然と発揮されるのではないだろうか。息子を見ていてそう思う。

HSC(Highly Sensitive Child = 敏感性の高い子)である彼は、高い共感性を持ち、物事を深く読み取り、よく観察して空気を読んでいる。慣れない相手や多数相手だとコミュ症(障)になるという自覚があるが、人と関わるのは本当は好きで、たずねてこられる方に子どもさんがいたら、すぐに仲良くなって夢中で遊びつくす。

先日、5歳と2歳の男の子をつれて遊びにきてくれたママは、こんな感想をつぶやいてくれていた。

たけるくんの子どもへのおもてなしが素晴らしかったよ。スライムをプレゼントしてくれて、それをグニョンとしながら、「クレーン車」と小声で呟いたの聞き漏らさず、しばらくして、飽き始めたら、車の図鑑をもってきてくれた!その後は、ラムネ。持ってくるタイミングが、一流のサービスマンのようだった。

こんな言葉をもらえてとても嬉しかった。学校へ行く子も行かない子も、それぞれ得るもの得られないものの種類は違うだろう。だれも正解なんてわからないという。

そのママには、学校教育が子どもにとってどうなのか疑問もあり、小学校、フリースクール…選択肢についても考えていると聞いた。

「学校へ行きたくない」と口にする子は少なくなく、ただ不満を吐き出すだけという子もいれば、続けさせることでトラウマを積んでしまう子もいる。

見極めは難しい。

それに、運もあると思う。どうしても合わない何かに心や身体が拒否反応を起こすかもしれない。それを上回る好奇心やモチベーションがあるか、それともダメージを深くしてしまうのか、様々な角度からみて判断できるといい。だから、とりあえず入学してみて、様子を見たらいいのではないかという話になった。そもそも選べないのが変だよね。入ってみて違うなと、子どもが思ったら、別を探してみたり、フリースクールやホームスクール、その子にとって一番良いと思える環境に自由に変えられないのって親子を苦しめるもんね。お母さんたち追い込まれてるもん。育て方に問題あるんじゃないの? 過保護なのでは? 今頑張って少しずつ慣れさせて適応力つけておかなきゃ将来苦労するよ・・・。そういった責任をお母さんひとりが負い、追い込まれる。だからといって無理に登校させると、心や身体に症状が出たりする。もう板挟みで、ひとりで抱えて不安や涙を必死で抑えている状態をわかってあげられる人やつながりが必要だよね。次から次にお互いどんどん話した。



またある小学1年生の男の子は、「家で勉強したい」とはっきり言うのだと、お母さんが教えてくれた。いろいろあって、そうした方がいいという思いに至っても、学校側が学校とのつながりを持たせることに積極的で板挟みになり、追い込まれて苦しかった、子どもを信じてあげられず悪いことをしたと、何度も涙が溢れてきた。幸いご主人も一緒にカウンセリングを受けて下さったのが本当に救いで、学校から離れられるよう、ご主人も一緒に学校へ話をしにいくことになった。

「家がいい」。そういう子が学校へ行かず家で育つことを「ホームスクーリング」という。諸外国では当たり前に認められている育ち方だが、日本では義務教育に入らない。あくまでも不登校ということになる。とはいえ、法に従ってないということでもなく、選ぶ権利までは奪われているわけではないので、親が覚悟を持ち、その覚悟が伝われば、学校も教育委員会も無理強いはできない。むしろ理解ある先生もいらっしゃる。


学校に行き続けなければならなかったこと、周囲からの圧力に従うしかなく、親子が追い込まれたりして、大丈夫じゃない今に苦しんでいる人がいることからも目は背けられない。学校が地獄だったと言う、大人になった人たちの声も無駄にしたくない。「トップの私大を出て、その後芸術で認められたくて学びなおすが、対人関係にも仕事にも経済的にも悩み、自分に価値が認められず何をやっても孤独」と悩んでいた彼女は義務教育の9年間、学校が嫌でたまらず、一度も楽しいと思ったことはないと言った。


敏感な子がトラウマを抱えると、敏感さが増して過敏になる。そのためトラウマを重ねながらさらに過敏な大人になる。過敏さによる苦痛がどんなものか、それをわかるのは想像以上に難しい。生きることがしんどいと聞けば、トラウマを取り除いてあげたいと思う。でもそれはとても難しいと感じるたびに、敏感な子どもたちがトラウマを重ねないようにと願ってやまない。

人が、すべての人や環境に合うわけではないのは自然。敏感性のとても高い子は特に、親御さんからその気質を肯定されて、自分の感覚がどうなのかよく知って、「無理に合わせる必要はない、選んでいいのだ」、という自分軸に自信が持てるといいなと思う。自分の感覚を肯定できて、好きなことを通してスキルを身につけられるといい。オールマイティでなくていい。それが人との深く温かいつながりをつくってくれるといい。

家がいい。家で勉強したい、育ちたいという子の意思が信じられ、家にいながら「スキル」と「コミュニケーション力」、その両方を身につけられるようなコミュニティで、『学校へ行かなくても将来は大丈夫』と言える今をつくりたいと願う人たちと、安心材料や、“優しい世界”を一緒につくっていけたら思う。

私はそれを目指して、クラウドファンディングに挑戦することを決めた。

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