【短編小説#5】殺人鬼
1話ずつの完結ではありますが、こちらの短編の続きになっています。
https://note.com/kokokosukekeke/n/nf79db6fa9ea8
目が覚めると、点けっぱなしになっていた、テレビの中で、気が狂ったような殺人鬼のニュースが流れている。
殺人鬼と呼ばれた、「それ」は、生きていて、動いていて、何かを見ている。
「それ」について、コメンテーターが、理解できない感情を露わにしていた。
何度も、何度も、理解できないと……
何度も、何度も、殺人鬼とは別の生き物だと……
「理解してはいけない」
という感情が、テレビの中の「それ」を作り出しているといってもいい。
テレビの中の「それ」は
コメンテーターの嫌悪感
テレビの前の視聴者の嫌悪感
世界の嫌悪感が集まって、形になったもの
世の中の理解できないという感情が集まって、殺人鬼と呼ばれている「それ」は出来ていた。
最初は、きっと、小さな感情だったのだろう。小さな小さな「理解できない」が、ちょっとずつ成長したのだろう。沢山の人の、「理解できない」が集まって、「それ」は今の形を作り上げた。
だから、きっと、理解した時に、その想いはこの世界になくなるのだろう。理解されたときに、テレビの中の「それ」は形を保つことが出来なくなるのだろう。
母親の身体から生まれてきた「それ」は、この世界の、「受け入れられない」を集めて、今の形を保っている。
「それ」は、全てが受け入れられる母親の身体から外に出て、受け入れられる場所を、求めて、求めて、求めた。
受け入れられない自分を殺すのか
受け入れてくれない誰かを殺すのか
「それ」にとっては、どちらも同じことなのだろう。
自分の命を消すという事や、誰かの命を消すという事は、
『母の身体に戻る事と同じなのかな?』
テレビの中の「それ」は、
『全てが受け入れられる場所に戻りたかっただけなのかな?』
と思った。
「無差別殺人の被疑者が、今、車に乗りました」
テレビのリポーターが声を上げる。
◇◇◇
俺は何を見ていたんだろう。
俺は何が欲しかったんだろう。
それが分からなくても、ただ満足だった。
俺は、車の中にいた。
車を囲む、たくさんの人、たくさんのカメラ、沢山の視線。
俺が動くと、誰かが反応する。
誰もが俺を見ている。
俺の両脇には、制服の警察官が座っていて。
俺のためにそこに座っている。
俺のために運転をしている者がいる。
俺の乗っている車が動き始めた時。
俺の周りのカメラが一斉にシャッターを切って。
俺の周りがキラキラした。
俺はこれが欲しかったんだ。
俺は間違いなく、世界の中心にいる。
ふと、小学校の卒業式が思い浮かぶ。
卒業式の最後の退場。
温かい笑顔と、温かい拍手が俺を包んだ。
あの時も、キラキラしていた。
俺はキラキラに包まれて警察署を後にする。
俺はこの世界の一部になれた気がした。
俺はこの景色が見たかったんだ。
俺の心は、満足だった。
ただ、俺の前に続く道には、温もりはない。
俺が通ってきた道にも、温もりはない。
いつからだろう。
俺の世界から温もりがなくなったのは。
小学校の時には、確実に感じられた、温もり。
温かい世界。
「それ」は、様々な人の欲、様々な人の不満、様々な人の悲しみに触れて、形を変えた。
俺は、この世界で言われる普通の人よりも、少し敏感で。
俺の心の中では、誰かの心が少し大き目に表現された。
誰かの不満、誰かの欲、誰かの悲しみは、俺の心で、極端に反応するように出来ていて。
俺に向けられた、不満、欲、悲しみは、俺の中で大きくなった。
俺の中の不満、欲、悲しみは、俺の中にあった温もりを飲み込んでいく。
俺の心の中は、どんよりとした暗い何かで満たされていった。
この世界は、「それ」を、人に見せることは、許されない世界。
いや、見せることは出来たのだろうけれど、俺自身が「それ」をうまく扱うことが出来なくて、人に見せることが出来なかったんだ。
抱えきれなくなった「それ」は、今、形になって、スッキリした。
どんよりとした暗い何かはどこかに消えて、小学校の時に感じた温もりをハッキリ思い出せるようになった。
俺の心にも、そんな温もりが、あったんだなって。
今、気が付いた。
ゆっくりと動き出した、車の中から窓の外を見て。
キラキラの中に、俺の生まれてきた場所を見つけた。
小学校の卒業式の時と一緒だけれど。
今は、その時の笑顔はない。
俺はただ、その時の温もりが欲しかったんだなって。
見えなくなっていただけなんだなって。
今になって、気が付いたところで、もう、俺には、誰かを温めることなんて出来ない。
俺の生まれてきた場所から
キラッと光るものが落ちた時。
俺は、誰かを温めてきたことに初めて気が付いた。
俺は俺の事ばかり
誰かも誰かの事ばかり
そんな世界にいて。
探していたものは、ここにあったんだな。
俺は生きていたんだな。
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