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休職・療養と人生の転換期・私の適応障害

 休職しながら適応障害を発病してから療養の日々が続いています。適応障害という病名で大まかな病状についてそのパターンについては医学書やSNSなどでのさまざまな発信があります。病名の裏に秘められた、ひとくくりにできない人それぞれのさまざまな生活・環境がそこにあることをご理解いただきたいところです。

 ちなみにこちらに掲載のnoteでは、あくまでも私自身の適応障害の療養体験談をベースに発信して、当事者理解の一助に貢献したく開設いたしております。一部、お小遣い稼ぎも目的としています。ご承知おきの程、お願いいたします。私のような療養生活を送っている人もいることをご理解いただけたら幸いです。

 人それぞれにさまざまな人生があるように、日々の生活のなかで人それぞれに何かしらのきっかけが、病気快癒に向かう契機になることを感じ始めています。とはいえ、まだ模索の日々には変わりありません。あるとき、越後湯沢の温泉付きの別宅で過ごしていました。1週間ほどでしたが服薬量も減り、マイペースに湯治と静謐なる大自然に包まれながらの生活は、体調にプラスに働いたように実感いたします。帰京してしばらくは服薬量が増えてしまいましたが生活のなかでの病気との付き合い方、病気を踏まえたライフスタイルを模索するなかで減薬の傾向です。服薬はメンタルへの負荷とのバランス、その均衡点にマッチングするお薬を医師と模索するなかで見つけてゆくことが望ましいように思います。私の服薬しているリーゼですが、特に副作用で苦しむことなく体調に合わせて服薬することでバランスよく体調を整えられるようになったように実感します。ベンゾジアゼピン系のお薬ですが、減薬も比較順調に進んでいる印象です。

 越後湯沢には複数の温泉が湧き様々な泉質の温泉を楽しめる場所でもあります。ちなみに泉質別適応症として、自律神経不安定症・不眠症・うつ状態に効くとされています。
出典:日本温泉協会「温泉名人」温泉地詳細[湯沢温泉] | 日本温泉協会 (spa.or.jp)(参照 2023-12-29)

発病してしばらくのときを振り返る

 発病して間もなくのころは、目の前の苦しい気持ちを服薬そしてカウンセリングに頼りながらやり過ごす毎日でした、静かな環境を好んで、線香をたいて香りや煙を只々眺めて過ごしていました。テレビも消して過ごしていました。只々時の過行くなかでぼーっと過ごす、無心そのものといった感じです。付き添ってくれた親の言葉を借りれば、魂の抜けた屍だったといいます。一日中何一つ感情がわかない状態が半月以上は続きました。死にたいとかそういった感情もありません。

 しばらくしてからは、午前中に何ひとつ感情の湧かないその傾向で、午後から少しずつ気力が湧く状態に回復しました。それでも布団に横になることもしばしばでした。特に特定のストレッサーになる情報を耳にすると具合が悪くなる特性から、関連の情報を遮断してマイペースに過ごしていました。それでも連絡等で体調を崩す日々でした。

 それから2週間、しばらくしてからは、スマホで動画を眺めたりして過ごすようになりました。そのなかで、たとえばTikTok-Ⅼiteを視聴したりミッションをクリアするとポイントを貯められることに気付くなど、そうしたお小遣い稼ぎ、いわゆるポイ活にも目覚めています。少額ながらも収入が得られることにやりがいを感じています。あとはクラシルやトリマを活用しています。散歩しながらポイ活して、健康にもプラスになるメリットがありますが、体調が良くなく散歩を含めて移動が厳しいときはあまりポイントを稼げないのも正直なところです。

 TikTok-Ⅼiteの話に戻しますが、私の場合、貯まったらPaPayに換金して生活の足しにしています。少し体調が回復して、閲覧できるようになってから勉強がてら視聴しています。わたしが服薬しているリーゼがどのようなお薬なのか解説動画を視聴したり、ドラマやアニメ、ジブリ作品、金融、鉄道や航空、旅行、うさぎや猫・ハムスターやチンチラといった動物など興味のそそられるままに視聴しています。視聴したものについて傾向をExcelでまとめるなどしてモニタリングしています。

 私の場合、体調の悪いときは閲覧することが負担でしたが、体調をみながら閲覧して、今では毎日の日課です。勉強にもなって自分自身の糧にもなりますし、収入として月に2,000円程度ですが、休職しながらの今の生活ではかなり助かっていることも事実です。良かったら試してみてください。以下、リンク張らせていただきます。

病気回復へのきっかけとなるできごと

 話を戻しますが、発病して自分自身に愕然とした経験は一度二度ではありません。初診の時の問診表への記入に20分以上掛かった自分に愕然としたり、自分自身の思考が発病前とガラッと変わり閉じこもるようになったり、受け身になって自身から伝えたりお願いしたりができなくなったり(今でもその傾向はあります)。

 ある日のこと、親しく、また大変お世話になった方の訃報に触れるも、その時の私自身の反応、現実に起こったのか夢なのかわからず、「そうですか、、、」のひとこと、それに対しての訃報を伝えてくださった方の声に、私自身の発病してからの自身の感情面、それが発病前と比較して薄くなっていることに愕然といたしました。と同時に目が覚め始めたエピソードでもありました。

 その後、数日後、火災現場に足を運んで亡き友人の冥福を祈るとき、あたたかく迎え入れられた感覚と、手を合わせたときに胸がものすごくあたたかくなったことを覚えています。迎え入れられた感覚です。その祈りの時の経験、これは今の私の原点になっています。亡くなる当日も私の病状とこれからを案じていたそうです。亡き友人のご冥福をこころよりお祈り申し上げます。同時に、彼の死を無駄にしたくない思いが今の私にはあります。

 それからは僧侶の道を模索し始め、さまざまな宗派をリサーチしています。同時に、自身のペースでの自由な生活についても模索が始まっています。というのも、今の私自身の障害特性はもとよりこころの声に耳を傾けるなかで、どのようにしたら実現するのか、どのようにしたら実現できるのか、引き続き模索したいと思います。

適応障害を発病して2ヶ月・今の私

 時間ができたこの一日一日を大切にしようと思いながらTikTok-ⅬiteでAIツールやネットでの副業について勉強しつつ、Excel操作やWord操作など動画を鑑賞しながらPCと向き合っています。ストレッサーを遮断しながらマイペースに過ごしつつも、発病後のわたしの傾向、気持ちに素直に模索することで、これからの人生の再設計を考えられるまでになりました。短期目標・中期目標そしてその先に目指す目標を設定して、その実現のための道を模索しています。紙面の都合上割愛しますが、最終的には人間関係の煩わしさから解放されたマイペースの生活をおくりたい思いが私の軸にあるようにおもいます。不労所得で煩わしさから解放された自由な生活を送りたい目標です。現実的かどうかはさておき、病気によって“人生の総点検・総振り返り”の機会を、休職し、療養する中で得たことは、糧になると信じたいです。

全体を振り返る

 適応障害を発病してガラッと価値観が変わったように感じています。少し回復した頃から人生の総点検をしなければならないと感じるようになり、振り返りの時間を持つようになりました。カウンセリングはもちろんですが、発病して二か月の最近、自分自身で頭の整理をExcelを活用しながら見える化する作業をするようになりました。継続的にそうした作業をする中で自分軸の復興、その段階に入っているように感じます。病気再燃のリスクを考えて元の職場への復職は考えていません。今の私の状態をご理解いただけるお仕事へのご縁を模索しているところです。

 振り返るに、発病前から優先順位をつけることが苦手だったなと思います。発病によって失われたことや服薬によって制限されていることもありますが、精神障害の当事者となっての道が始まっている、その道中のように実感しています。これからどうなるかはわかりませんが、マイペースに、空気を読まないというのも、私の場合ですが回復への過程で必要なことのように実感します。長文になりましたが最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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