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「本と食と私」今月のテーマ:異国の料理―代わりのきかないもの

ライターの田中佳祐さんと双子のライオン堂書店の店主・竹田信弥さん2人による連載「本と食と私」。毎回テーマを決め、そのテーマに沿ったエッセイをそれぞれに書いていただいている企画の5回目です。前回から2週間ごとに1人ずつの更新となりました。今回のテーマは、「異国の料理」。まずは、竹田さんのエッセイから、スタートです。

代わりのきかないもの


文:竹田 信弥

 異国の料理を食べることと海外文学を読むことは、どこか似ている。
 
 僕が店主をしている本屋では、数年前から河出書房新社で刊行された池澤夏樹編纂の「世界文学全集」(2007~2011年刊行 全30巻)の読書会をしている。
 元々は、同じく池澤夏樹編纂の「日本文学全集」(2014~2020年刊行 全30巻)を、刊行するごとに毎月読書会をしていたのが始まりだった。終盤に、角田光代が現代語に訳す『源氏物語』の刊行が遅れ、そのために読書会ができずにいたところ、一部の参加者が我慢が待ちきれず、「世界文学全集」の読書会が始まったのだ。
 
 「世界文学全集」の何度目かの読書会で「日本文学も、海外文学も、同じ人間の話。基本は、切った張った・惚れた腫れたの話なのに、場所が変わるだけで受け取り方が変わって、面白い」という話をした人がいて、盛り上がった。
 確かに、主人公が同じ行動を取ったとしても、それぞれの文化や歴史や宗教観で、読み方・読まれ方は変わる。その場面に描かれた小さな小道具によっても、いろんな考察ができるだろう。
 
 これは、料理でも同じことが言えるかもしれない。
 同じ素材を使った料理でも、国や地域が違うだけで、全く違う味付けになる。
 例えば、鶏肉料理でも、日本ではやきとり、アメリカではフライドチキン、中国では蒸し鶏になったりする。麺料理なんかも、穀物を紐状にして固めた物を茹でて食べる、という点では同じなのに、場所が変われば、そば・うどん・パスタ・ラーメンと多彩に変化していく。
 カレーと肉じゃがの工程は途中までほぼ同じものだ。いや、それは日本に馴染みが深いタイプのカレーで、インドカレーはスパイスの調合から始まることが多いから違うか。しかし、材料は同じである。
 
 文学も料理も、材料や素材が似ていたり、同じだからと言って、簡単に代わりがきくものではない。微妙な差異こそが大事なのだ。でなければ、『ハムレット』と『ドン・キホーテ』だけ読んでいればいい。
 カフカの『失踪者』の主人公が、故郷のドイツを追いやられて逃避する先は「アメリカ」でなければならないし、サガンの『悲しみよこんにちは』の舞台は、温暖な気候の南フランスでなければならない。
 
 昔は、本を読んで知見を広げるということは、知らない文化や場所に出会うことだと思っていた。でも最近は、すでに知っている事柄の今までとは違った側面に出会うことができると、まだまだ世界は広いのだと思えて嬉しくなる。
 
 まあ、違う視点が欲しければ、現地に行けばいいという話でもある。しかし、僕は現地には行きたいと思わない。だって「文学全集」とUber Eatsウーバーイーツ があれば、異国の文化を楽しむことができる。もっともそうなことを言ったけど、飛行機に乗りたくないだけなんだけど……。
 
 読書と食事が似ているということで、大学の恩師に言われたことをひとつ思い出した。
 大学の食堂で昼食をともにしていた時のことだ。先生は、急にぼそっと言った。
 「君は、もっとゆっくり食べた方がいい」
 先生のお皿にはまだ料理が半分以上残っていた。僕はもう一口で完食するところだった。
 「食事は、読書と一緒だよ」
 合点がいった。そう言われて、思い当たる節がいっぱいあった。本は読んでいるけど、しっかり消化できていない感じをずっと抱えていた。
 
 そのことをたまに思い出しては、なるべくゆっくり食べて、ゆっくり読むことを心がけては、いる(それでも早い)。
 
 本も食もゆっくり味わって、それらができた歴史や取り巻く環境、そこに関わった人たちの表情まで想像して、しっかり吟味していきたい。


著者プロフィール:
竹田 信弥(たけだ・しんや)

東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』
(竹田信弥、田中佳祐 共著 晶文社 2021年)

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
webサイト https://liondo.jp/
Twitter @lionbookstore
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