雨の手

【掌編小説】雨の手




 うちの同僚の知り合いにタカハシさんって人がいてね。これはね、その人の話なんだ。
 梅雨の頃だったかな。梅雨は嫌だよね。飽きるくらい雨ふりがつづくし、湿気もつよいから気も滅入ってくる。夜のまとわりつくような蒸しあつさなんて気持ちわるくてしかたない。
 その日の夜もジメジメしているせいか、寝苦しくてずっとうなってた。エアコンなんてないから扇風機で我慢してたんだけど、蒸しあつさより窓をたたく雨音が耳についてしかたなかった。
 やがて雨脚がつよまったのか、窓にあたる音がガタガタなぐるような乱暴なものになってきた。
 これがうるさくてかなわない。窓際で寝てるからよけい神経にさわる。あんまり外がさわがしいので、カーテンをめくってみた。
 思わず悲鳴をあげた。
 そのままベッドから転げ落ちて逃げだした。
 彼はなにを見たのか。
 窓一面びっしり人の手形がついていたんだ。
 人の姿は見えないのに、無数のテノヒラが窓をたたいてた。まるで割ろうとするかのようにガタガタと。
 おかしいのはたくさんのテノヒラだけじゃない。
 だって、彼の部屋はアパートの二階なんだよ。
 タカハシくんは着の身着のまま同僚の家に駆けこんだ。真夜中に突拍子もない話をきかされた同僚はそれはもうびっくりした。けどタカハシくんがあんまり取り乱しているから、とりあえず落ち着かせて、家に泊めることにしたんだ。
 一夜明けてからタカハシさんは同僚を自宅につれていった。寝室の窓を見せた。
 ところがね、人の手形なんてないんだ。
 そのかわり窓がひびだらけになってた。窓が割れてもおかしくないほど、何度も何度も叩いたり引っ掻いたりした跡があった。
 いくら強い雨だからといっても普通ひびなんて入らないよね。
 さすがに同僚もゾッとして血の気が引いた。
 タカハシさんはその後すぐ引っこしたらしい。
 今?
 どうなんだろう。今そのアパートに人が住んでるかどうかはわからない。まだあるかどうかも。


※2012年脱稿・2017年改稿

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