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治らない傷はありますか?

 私の右手には20年以上経っても消えない傷跡がある。幼い頃、犬に噛まれて大出血し、2針縫った傷跡。たった2針だけど、傷跡は今でもうっすらと残っている。

 正直、この傷を負ったこと自体、最近はすっかり忘れていた。当時は大泣きしながら病院へ行き、治療の最中も泣きわめいていたというのに。

 その傷のことを思い出したのは、最近、心の古傷がかすかに疼くことがあったから。それは新幹線に乗った時。私は昔、新幹線で片道3時間以上かかる遠距離恋愛をしていた。相手は異性としてというより、まず人として尊敬して好きになった人で、本当に特別な存在だった。

 そんな彼と別れることになったとき。彼はいつものように新幹線のホームまで見送りに来てくれた。「いつものように」。でも、そのときのそれは最後だった。涙があふれて止まらなかった。扉が閉まり、彼の姿はみるみるうちに遠ざかっていく。私はぐっしゃぐしゃに泣き続けた。3時間を超える乗車時間のあいだずっと。周囲の視線なんか気にしている余裕もなかった。

 そんなわけで、しばらく新幹線はトラウマだった。新幹線に乗っても、その時のことは必死で思い出さないようにしていた。でも数日前に新幹線に乗ったとき、私は当時のことを微笑みと共に思い出している自分に気がついた。びっくりした。そんなことができるようになるなんて。もちろん心の傷跡はかすかに痛んだけれど、前ほどじゃなかった。右手の傷跡のように、「ああ、そんなこともあったね」と思えるくらいだった。

 傷を負った事実は消えないけれど、それでも時は過ぎる。時間だけが傷を癒すわけではないけれど、時間が助けてくれることもある。傷を負っても大体の傷は治るし、治らない傷を負ったままでも意外と生きていける。少なくとも今この瞬間はそう思えるのだった。

ありがとうございます。いつかの帰り道に花束かポストカードでも買って帰りたいと思います。