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24-3 梅すだれ 相模の国

 荷物庫から出ると空は真っ赤だった。ちょうど夕日が山の端に落ちていく。ここは紀国の東にある志摩の国の港、鳥羽である。
「お姫さんを二人も乗せてたから、伊勢の神さんが早う来いって船をひぱってくれたわ」
 船頭のダツはそう言いながら荷物庫の蓋に大きな錠前をかけた。たっぷりと積んだ鎌倉の工芸品を盗まれてはならない。一晩ここに泊めておく間の見張り役も雇った。「残りは明日の朝払うわ」と見張りの者二人に半分だけ金を払い船を降りた。

「疲れたやろ。こっちや」とダツに案内されて宿へ行くと、先に降りた乗組員たちは足を湯につけもう寛いでいる。お滝とお桐も桶に張った湯の中にいっしょに足を入れた。
「タカベエ、この子らか。あの捜しとったんわ。見つかってよかったなあ」
と乗組員のハモが声をかけてきた。奇遇なこともあるもので、ハモはタカベが三浦の港へ二人を捜しに行った時に話しかけた男だった。タカベのことを「タカベエ」と呼ぶのがおかしくてお桐とお滝はくすくす笑った。足湯を終えて部屋へ上がるとすぐに食事が始まった。
「おなかすいたやろ。たっぷり食べえ」
 ハモの娘も二人と同じような年頃であることから、にこにこと二人に話しかけてくる。ハモのおかげで怒鳴るように話す海の男たちの中でも、緊張することなく二人の箸はよくすすんだ。
「タカベエ、雑賀に着いたらどうすんねん?」
「荷の積み下ろしや船を直すのをしたい」
「船にはもう乗らへんのか?」
「こいつら二人を残して海に出るのは…」
「土佐への船やったら行って帰ってくるんに一刻(二時間)もかからんで。そんな心配しやんでもええんちゃうか?子どもは寺小屋へ行くし」
 子どもたちは朝寺へ字を習いに行く。タカベの生まれ育った村とは違い、教育というものが普及しているのだ。
「まあ、土佐は渦があるでなあ。あれに巻き込まれたらおしまいや。明石のは銭がええでえ。でも危ないわ。播磨もな。あっちは海賊だらけや」
 調子よくしゃべるハモにダツが口を出した。
「海で危なないとこなんてないわ。ま、娘っ子たちが大きなるまでは陸におったらええ。どうせまた乗りたなるわ」
「ダッさん、そないなこと言うて。うちらの船に乗ればええねん。なあ」
とハモに顔をのぞかれたタカベは返事をせず酒をくいっと飲んだ。
 男たちは浴びるように酒を飲むと、すこんと寝てしまった。タカベも一日船をこぎ続けた疲れで気を失うように寝てしまった。珍しくいびきをかいて寝るタカベの横でお滝とお桐も寝ようとしたが、船に乗っていた時のように体が揺れて眠れない。
「まだ揺れてる。船に乗ってるみたい」
「姉ちゃんも?私も!」
とお桐はくすくす笑った。しかしお滝は笑う気にはなれなかった。
(どうしてこの人たちと一緒にいるの?あしたは村へ帰るのかな?)
 タカベが何をしようとしているのかわからないお滝は、不安でなかなか寝付けなかったのだった。

つづく 


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