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リワーク支援についての雑記

こんにちは。就労支援員のサイトウです。


リワークという言葉をご存知でしょうか。"return to work."  文字どおり仕事に戻るという意味で、復職のことを指します。
これは和製英語で、実は英語圏にリワークという言葉は存在しません。
日本の正社員、特に新卒採用は職務と人を結びつけない、職務が限定されない雇用形態であるメンバーシップ型雇用であることが多いといわれています。この場合、職務が何らかの理由で合わなくなっても、別部署へ異動する等といった工夫ができるため、従業員を容易に解雇をする正当性がなくなります。これが、日本でリワーク制度が設けられている理由の一つと考えられます。

また厚生労働省によると、令和3年11月1日~令和4年10月31日までの1年間にメンタルヘルス不調により連続1カ月以上休業した労働者がいた事業所の割合は10.6%で、前年度よりも1.8%増加しているそうです。※1 このことからも、日本でリワーク支援がさかんに行われている理由がわかります。



①日本のリワークプログラム

日本では1997年にNTT東日本関東病院の秋山剛医師が「職場復帰支援プログラム」を開始したのがリワークのはじまりとされています。

2008年にはリワーク支援を実施している医療機関によりうつ病リワーク研究会が設立され、2018年に日本うつ病リワーク協会となりました。現在では200を超える施設が協会の会員になっているようです。

一方で、障害者職業センターや就労移行支援事業所でもリワーク支援が行われています。特に就労移行支援事業所によるリワーク支援は「福祉リワーク」とも呼ばれており、以下の条件を全て満たした場合に自治体判断で障害福祉サービスの支給決定がおりることがあります。

1.当該休職者を雇用する企業、地域における就労支援機関や医療機関等による復職支援(例:リワーク支援)の実施が見込めない場合、又は困難である場合
2.休職中の障害者本人が復職を希望し、企業及び主治医が、復職に関する支援を受けることにより復職することが適当と判断している場合
3.休職中の障害者にとって、就労系障害福祉サービスを実施することにより、より効果的かつ確実に復職につなげることが可能であると市区町村が判断した場合

「平成 29 年度障害福祉サービス等報酬改定等に関するQ&A(平成 29 年3月 30 日)」等
の送付について 2_05_2929330.pdf (rehab.go.jp)

また来年度の報酬改定により、全国の障害福祉サービス事業所にてリワーク支援が可能になります。東京新聞の記事では、多くの事業所が参入されることで、質の確保が課題になると指摘されています。


こうした医療デイケア以外のリワーク支援について、日本うつ病リワーク協会理事長の五十嵐良雄医師はHPで警鐘を鳴らしています。少し長いですが引用します。

障害福祉施設での支援プログラムにリワークという名称を与えて運営している施設(福祉リワーク)も出てきていますが、それらの施設の利用者のうち大多数は就労経験がない(したがってリワークではない)と思われます。
リワークという耳障りの良い言葉が使われ、本来の意味を逸脱して言葉だけが独り歩きしている状況といえます。就労経験の有無により、また就労経験があったにせよ、通常雇用と障害者雇用とは就労条件が大きく違うので、支援の内容は当然変わります。すなわち、医療でのリワーク(医療リワーク)での通常雇用条件で復職をめざして就労することと、障害者としての福祉的就労を実現することは大きく異なり、当然ですがプログラムの目標も内容も異なります。
障害者の雇用を促進するという本来の福祉リワークの活動自体は重要であると考えますが、医学的治療を行って再休職を未然に防ぐことを目的とする医療リワークと福祉リワークは目的も方法も異なる別種類の活動です。当協会としましては、今後も医療リワークの普及啓発を通じて、復職支援の本質を伝えていくことは非常に重要であると考えています。

一般社団法人日本うつ病リワーク協会 HPより  協会について | 日本うつ病リワーク協会 (utsu-rework.org)


また協会は、リワークプログラムの実施主体として医療リワーク、地域障害者職業センター(職リハリワーク)、企業内で実施(職場リワーク)の3つを挙げており、この中に福祉リワークは含まれていません。
確かに医療リワークの積み上げてきた歴史や手法は大切で価値のあるものです。またそれゆえ「リワーク」という名称を用いながらも、有用性の疑われるプログラムを実施している機関があること、それらが増えることへの危惧も理解できます。

しかしながら、この声明にはいくつかの誤解もあるように感じています。それらについて、少し整理してみたいと思います。



②福祉リワークに対する誤解

まず「それら(福祉リワーク)の施設の利用者のうち大多数は就労経験がない」との記載がありますが、わたしの実感としては、就労経験のない利用者の方が少ない印象を受けます。ここではリワークを目的とせず、求職活動を行なっている利用者を指していると思われますが、そういった方々でも多くは一般就労ないし障がい者雇用等での経験があります。

また、福祉リワーク利用者は通常雇用(通常雇用という言葉は初めて聞きますが、障がい者雇用ではないものという意味で捉えます)ではないというような書かれ方がなされています。自治体判断ではありますが、障がい者手帳がなくとも、障がい福祉サービスは利用できる場合があります(自立支援医療受給資格がある場合や、主治医の意見書がある場合等)。ですので、障がい者手帳をもたない、メンタル不調で福祉リワークを利用する可能性も大いにあり得ます。よって、障がい者雇用に限らずリワーク支援を受けることは可能です。

さらに「本来の意味を逸脱して」との記載もありますが、本来の意味が「医学的治療を行って再休職を未然に防ぐことを目的とする」ものであるという認識は、非常に医学モデルに偏った考え方であると感じます。もちろん、医療リワークを経て目的である復職を果たし、活躍される方もたくさんいらっしゃると思います。一方で、プログラムからの脱落率は20.5%、その半数は「利用者自らの意思や都合で来所しなくなり、転院や行方不明となったケース」という数字も出ています。※2 医療リワークからリタイアしてしまう方々が、福祉サービスによるリワーク支援を受けることで自らの望む方向に舵を切ることができるならば、それも素晴らしいことだとわたしは思います。



③医療リワークの課題

医療リワーク脱落の理由は様々考えられますが、ベッカー(2004)は「訓練環境が魅力ないものであること」※3 と述べます。この引用は就職活動に対する訓練プログラム(就業前訓練)についての言葉であるため文脈は若干異なりますが、リアリティのない画一的なプログラムでは、確かに「つまらない」と感じるのも無理はありません。医療リワークにおいて「リワークプログラム利用者の復職の転帰に寄与したと考えられた特徴は、復職意欲、プログラムの必要性の理解、元来の適応力、性格傾向であった」※4 と報告する論文もあり、あらかじめそういった内発的な動機を求められるのであれば、医療リワークで復職する対象者は非常に限られてしまうと思われます。

また医療機関を中心に行われるリワークプログラムでは、主に復職準備性が重視されています。復職準備性とは「勤務や業務のストレスに耐えられるように、体調やその他の準備を整えること」※5 とされていますが、休職に至る背景にはご本人の体調だけでなく、職場環境も含めた社会的、環境的な要因も無視できません。「医学的治療」で「復職準備性」を整えるという個人要因に重きを置いた支援で、復職と再就職予防、その方の希望に沿ったキャリア形成のための支援ができるのかというと甚だ疑問です。

企業の人事担当者の方は、自社の大切な社員が休職してしまい困っています。医療ならなんとかしてくれるのでは…と藁にも縋る思いで医療リワークを紹介し、復職を待っているのではないでしょうか。それならば、ご本人を鍛錬するという視点だけでなく、環境資源や職場環境も含めた、より社会的な視点が必要なのではないでしょうか。



④個別支援型のリワーク

わたしの働く就労移行支援事業所では、何年も前から個別支援型のリワークプログラムを提供しています。米国の就労支援モデルであるIPS(Individual Placement and Support)を参考にしており、画一的なプログラムを提供するのではなく、ご本人と話し合いながら個別支援計画を策定し、個別的なプログラムを実施します。
IPSでは「待つ支援」ではなく「出向く支援」を大切にしていることも特徴です。アウトリーチを中心とした支援で、通院先の主治医、職場の担当者と連携し、治療によるご本人の回復と職場の環境整備や受け入れ体制について頻回にやり取りを行っています。また復職後安定するまでの出退勤同行も行います。
また、復職に至らなかった場合にも、その後どうしていきたいかという希望を伺いながら、関係機関を紹介したり、再就職のために就労移行支援を利用することもできます。こうした支援により、単に復職にとどまらない、利用者のその先の人生を視野に入れた極めて細やかで質の高いサービスを提供できると感じます。
IPSモデルは米国で作られたもので、復職支援にどの程度効果があるのかということはまだ実例が少ないところです。しかしながら、本人の希望に基づいた支援であることや、就職のための支援に対し一定の効果があることが確かめられていることから、復職支援への応用も十分考えられるでしょう。今後は個別支援型リワークの効果研究も行なっていかなければなりません。


⑤おわりに

とはいえ、前述の五十嵐良雄医師のいうとおり、機関によっては質が担保されているとは言い難いリワーク支援が行われているのも事実かと思います。なにより医師の協力がなければ、リワークは無意味な訓練の場にもなりかねません。

最近では現場のコメディカルスタッフや障害者職業センター、就労移行支援事業所職員による情報共有と研鑽の場としてリワークサポートネットワーク(リワサポ)が設立されるなど、リワーク支援の新たな展開もみられます。こうした様々な領域の専門職が協働・連携し合うことで、より質の高いリワーク支援が実現できると思います。


単純に医療リワーク、福祉リワークという呼称で役割を分けるのではなく、リワークという支援には、多職種連携をし、個人と環境の双方に働きかけながら、企業の充足と個人の満足を円環的に達成することを支援するという視点が必要だと感じます。質の確保をしながらも、機関ごとに特色あるリワーク支援を実施し、休職中の方が自分に合った場所を選べることが大切なのかもしれません。


最後までお読みいただきありがとうございました。



-引用-
1.厚生労働省「令和4年 労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概要」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r04-46-50b.html)2024.03.04閲覧.

2.五十嵐良雄・大木洋子・林俊秀(2016)「リワークプログラム利用者の復職後1年間の就労継続性に関する大規模調査」『障害者対策総合研究事業(障害者政策総合研究事業(精神障害分野)精神障害者の就労移行を促進するための研究分担研究報告書』p81.

3.D.R.ベッカー他(2004)『精神障害をもつ人たちのワーキングライフ』金剛出版,p.32. https://amzn.to/4bWX6W3

4.副田秀二(2016)「復職支援(リワーク)プログラム利用者の特徴と復職の転帰」『産業医科大学雑誌』38(1),pp47-51.

5.秋山剛監修(2010)『誰にも書けなかった復職支援のすべて』日本リーダーズ協会,p53.  https://amzn.to/3Tkn7aj

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