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幻覚の元? 第631話・10.15

「え、まだ行くのか。佐川」俺は久しぶりに会った佐川と飲んでいる。久しぶりに会ったからか、積もる話も多かったよう。だから1軒では足りないのだ。
「梯子(はしご)酒なんていつ以来だ」俺は何度も転職をした末に、ついに独立した。だから会社員のころのように飲み会など行くことがめっきり減っている。だから久しぶりにかつての職場の仲間だった佐川と会ったことで、2軒目にも付き合った。
 だが佐川は「もう一軒行こうぜ」といって俺を3軒目に連れて行く。俺はこのとき、すでにずいぶん酔っていたようで、頭が緩やかに回転しているようで、意識がややぼやけている。千鳥足まではいかないが、どうも感覚がおかしい。誰がどう見ても酔っている。では佐川はとみるといたって冷静。「お前は相変わらず強いな」

 会社員だったときも強かった佐川。10数年ぶりに会っているのに変わっていない。気が付けば3軒目の店に来ていた。和風の店らしく、掘りごたつの席に座っている。「バーではなく和風の居酒屋か。で、今何時だろう」俺は時間が気になったが、もう時計を見る気力がないというかそういう気分ではない。俺の右横に佐川が座る。「さて何のもう」「おい、幻の焼酎が飲めるぜ」と左横から声が聞こえた。

「あれ?」俺は一瞬耳を疑ったが、酔っているしどうでもよいと思った。だが声のする方を見ると驚く。そこにいるのは伊藤ではないか? そう伊藤ともよく飲んだ。俺が独立する直前の会社の同僚。
「あれ、佐川は?」「お前何言ってんだ。てかさ、もうビールじゃないだろう」「ああ」俺は混乱した。今まで佐川と飲んでいたと思っていたが、実は伊藤と飲んでいたようだ。ちなみに伊藤と佐川とは全く接点がない。彼らと会った職場の間に別の職場が数か所あり、10年近いギャップがある。さらに、場所すら違う。佐川とは東京の職場、伊藤とは大阪の職場なのだ。
「じゃあ、お久しぶり」と伊藤と改めて乾杯。焼酎を飲む。「あれ、味が無い」俺はずいぶん酔っているようだ。味はわからないが、アルコールが入っていることはわかる。それもそのはずだ。伊藤はお湯割りではなく、ストレートを注文したよう。
「ちょっと、おい伊藤、これってさ」俺が少し厭味ったらしく伊藤に絡もうとした。すると右横の方から衝撃が走る。「え?」「おい、どっち向いてんだ」そこにいるのは佐川。
「あれ、伊藤、いや、やっぱり佐川と飲んでいたんだ」俺は完全に頭が混乱した。目の前のボヤ具合はますますひどくなっている。ストレートの焼酎が効いたのか、徐々に頭の中がマヒしているのだ。「おい飲めよ!」「違うそれ、焼酎!」なぜか佐川は俺の焼酎の中にビールを入れた。
 俺は悪いと思って飲む。味などわからん。「ちょっとこんなことして、佐川酔ってないか?」
「酔ってんのはお前だろう。何後ろ見て話してんだオラ」後ろから声が聞こえる。振り向くとそこにいるのは伊藤。「伊藤? あ、いや佐川が焼酎に」 
 ここで俺はもしかしたら何らかの理由で佐川と伊藤と3人で飲んでいるのではという気がしてきた。

 だったらこういうモードはあり得るのか。伊藤に佐川の話をして右を見ると佐川がひとりで飲んでいる。「なあ、佐川。ちょっと伊藤がさ」
 俺は完全に疲れていたので、佐川と伊藤と直接話してもらおう画策。だが佐川にせよ伊藤にせよ、俺以外の相手が見えていない。だから俺が双方の話をしても全く理解できず。俺が酔っていて意味不明のことをつぶやいているようにしか聞こえていないのだ。
「おい、もう帰ろうか」と佐川が心配そうに声をかけた。「そうか、店に入ったばっかりだけど」「いいよ、だいぶ飲んだしな」と今度は伊藤。
 俺を介して双方が話しかけるがなぜか話が合う。「そうだな。酔ったわじゃあな」
 俺は立ち上がる。「あれ?」目の前にあるのは靴ではなく、ぞうり「え、なんで俺? ぞうりなんて履いてきたんだ。まさか前の店のものとか」
 前の店が土足ではないところで履いていたぞうり、これはトイレのものなのか? 俺はいろいろ考えたが、前の店の記憶がない。
「靴がないし、いいか」俺はぞうりに足を入れる。そして両足を履いて立ち上がると突然、バランスを崩し突然視界から天井が見えたかと思うと、直後に後頭部に激痛が走った。

「あいたた、あれ?」俺は意識を取り戻す。ところが佐川も伊藤もいない。ここは家の中。目の前には一人鍋のあと。
「そうか俺ひとりで鍋食ってたんだ。あれ、いつの間に寝てたのか?」俺は頭の中で考えた。まだ少しぼやけているが意識はしっかりしている。太めの前の鍋を見た。「え、もしかして」俺はようやく自分がやったことに恐怖のあまり鳥肌が立つ。
 実は今日の昼間、裏山を上った。その時に多くのキノコが生えている。見た目は茶色をしたキノコの傘だしおいしそう。てっきりシイタケやシメジの仲間だと思い、何も考えずに持ち帰り、それを鍋にして食べた。美味しかったが、酒を飲んでいるわけでもないのに、途中から意識がぼやけて記憶があいまいに......。

 そして目の前を見た。左と右に人形がある。それはもともと家にあったもの。隣の部屋に置いていたのに、いつの間にここに持ってきたのか?わからない。「佐川と伊藤の正体って、え、俺大丈夫か?」それはキノコによる幻覚なのか、それとも......。俺はしばらくこのことで悩む日が続くのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 631/1000

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