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裏落語家の話と噺(Barらくご・中編)

前編はこちら 

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 常連客の要望により、自らの店を貸し切って落語を披露することになった、マスター小田切康夫。フィリピン人妻マリエルの妹・ニコール、そのボーイフレンドの西岡信二らも駆けつけ、いよいよ披露をと、考えたときに突然現れたスキンヘッドの和服男性。
 康夫に手渡した名刺には、「裏落語家 九笑亭魔法陣(きゅうしょうてい まほうじん)」と書いてあった。

「裏落語家... ....もしや賭け落語」康夫は一瞬嫌な予感がしたが、ここはプロの接客業。顔の表情はにこやかに魔法陣と名乗る人物に挨拶をする。 

「こ、これは、落語家の方でしたか。私めのつたない作品など、到底お見せするものではないもので、お恥ずかしい限りでございまして... ....」そう言ってどうにか、店から追い返そうと少しずつ前に歩きながら、相手にプレッシャーを与えてドア方向に追い詰める、それに気づいた魔法陣。今度は両手を前に出して、そのプレッシャーを制止させた。

「いや、私は裏落語家である。今日来たの葉落語の観賞が目的ではない」
「え、では?」「対決に参った」「た、対決?」
 声が裏返りかけ、康夫の表情が険しくなった。「やっぱりだ、でも なぜおれの所に... ....」厳しい表情のまま、うつむき加減になって頭でつぶやく康夫。今度は魔法陣の方が少しずつ前に体を出してきて、康夫をカウンター方向に押し返す。そして口を開いた。

「ご存じ無いようなので、説明しよう。表の落語の世界とは別に、知る人ぞ知る裏落語の世界。そこでは落語対決を行い、勝ったものが賞金を手にする」
「そ、そんなものが本当に!」カウンター越しに大声を出したのは信二。
 魔法陣は信二の方に向く。「ある。たとえば表の落語の世界は、テレビなどに出演して名前が知られて人気がでた者。あるいはそこまでの知名度がなくとも演芸場などでその実力が認められ、客の評判の良い落語家がいます」
 店内一同は、魔法陣の話を静かに聞く。

「しかし志したもの全員がそういうわけではありません。中には挫折して断念した者もいます。そういった落ちぶれた者の中には、やがて裏の世界に身を置き、そこで裏の稼業に手を染めていきます」
「それはありえそう。マフィアとかのつながりとか」今度はニコールがつぶやいた。
「そちらの姉さん、日本はマフィアじゃなくヤクザですぜ。だが、一度は志した噺家の道。忘れられない者が必然と、再び落語を始めた。そして客に新しい遊びを提案した」
「それが裏落語なのか!」再び信二の声。

「そう、あるビル地下にある、会員制のバーでそれは行われる。メンバーは元落語家が中心。だが私のように初めから裏落語家としてその舞台に立つ者もいる。そして仕切るのは、その地域を支配しているヤクザ。当局からの安全料として、みかじめを支払う。私たちにとっての警察の様なものですな」
 静かな店内に一瞬ドア付近で音が聞こえたが、誰も気にしない。全員魔方陣の話に釘づけだ。

「そこでは連日裏落語家2人が対決。どちらの話が面白いかを客が賭けるわけだ。つまりそこでもギャンブルが成り立つ。そして裏落語家どうしも金をかけた真剣勝負だ。勝てば相手から、安全料と会場のショバ代として賭け額の2割を引いた金額が懐に入る。普通は最低でも十万円。多いときには数百万円クラスの対決もある」

「え、や・ヤク・ざ?キャー!こ。こわい!」思わず高い声を出すのは、この企画を提案した常連客の篠原。体が少し震えている。
「そちらの姉さん。心配はいらねえ。私は裏落語家だが、ヤクザじゃねえ。落語対決以外、金をせびったり、暴力をふるったりはしませんぜ」

 ここでしばらく黙っていた康夫がようやく口を開いた。「裏落語家のことは、以前ある方から聞いたことがあります。しかしそれが実在したこと、そしてご本人様にお会いしたのは、この仕事を長くやっていて初めてでございます」と笑顔で応対するが、目は笑っていない。
「し、しかし私はですね、その堅気で商売をさせていただいております。かつその落語と言いましても、どなたか師匠についたこともない独学で見よう見真似。子供だましでございます。とても対決だなんて、そんなお恥ずかしい」

 しかし、魔法陣は首を横に振る。「確かに、そうかもしれんが、私も師匠につかず独学で戦ってきた。そして3か月後に行われることになった、裏落語家のチャンピオンを目指す大会に出ることになった」「は、はあ、た・大会」「優勝賞金は三千万円だ。名前は伏せられているが、それなりに名前の知れたスポンサーがいくつもいて、金を出したようだ」
「そ、そんな大きな大会と、今日のことと何の関係が!」康夫の今まで展開した営業トークがここで吹っ飛ぶ。魔法陣はうろたえ気味の康夫静かに見つめる。そして優位に立ったとばかりに目が緩む。
「今までのように、裏落語家同士では、顔を知っている者が多く、お互いの手の内がわかる。つまり上達が難しいと考えた」
「... ...」

「そこで私は外部の対戦相手を探し、そいつと戦うことで、新しい技術を取得方法を考えた。かといってプロで活躍する表の落語家との接点はない。たとえあっても、それこそ相手にされないだろう」
「それで、康夫の落語と対決したいと!」と今までにない大きな声が、入口で聞こえた。

 一斉に振り向くとそこに立っていたのは、マリエル。
「あ、マリエル!」妻の姿を見てようやく表情が緩やかになる康夫。
「そういうことだ」と魔法陣は、マリエルの方を向いて胸を張る。
「まさか私のつぶやきで、おかしな人物が絡んできたと思っていたら、あなたね」「この度はどうも。良き情報をいただきました」と魔法陣は口をゆがめてマリエル相手に低調に頭を下げる。

「マリエル。お前!今日のことをネットで」「あ、そうごめん。まさかこんなことになるなんて」と手を合わせてマリエルは康夫に謝る。

「では」と魔法陣はカウンターの前に進んでくる。信二のすぐ横まで来ると、袖口からお金を出してカウンターの前に置く。
「私はヤクザではありません。今回はお遊び程度の気軽な対決と行きましょう。1万円で如何ですかな。ここなら安全料もショバ代も不要。ここにいるメンバーの皆様が、私とこちらのマスターふたりの落語を聞いて、面白いと思った方が勝ち。マスターが勝てば、この一万円をそのままお渡ししましょう。もし私が勝てば逆に一万円を頂きたいと」

「え、そそんな。ちょっと!」勝手に物事が進み、再び狼狽する康夫。
「あ、マスター。やりましょう。ふたつもの演目も聞けるなんて最高です。そしたらチャージということで、マスターに少し補助」と客の男性が千円札をカウンターの上、魔法陣の一万円札の横に置く。「私も、僕も」と他の客も千円札や五百円玉を次々と重ねて行く。気が付けばカウンターに中にいたマリエルがお金を数えていた。「9500円あるわ!」「そしたら」と、信二が立ちあがり、ポケットから100円玉5枚をカウンターの上に置いた」

「さあ、あんた1万円集まったわ。思い切ってやりなさい」「え、あ、ええ!」
「フフフ、決まったようですな。そしたら準備に10分お借りします。どこで演じましょうか」
「あ、座布団とかはないので、立っての披露となります。こちらカウンターの中で」余裕のない康夫に代って魔法陣との交渉は、いつしかマリエルが行っている。
「よろしいでしょう。私はここではアウェー。しかし新たな技術を磨くにはちょうど良い環境です。カウンターで、噺をさせていただきましょう」
 そういうとカウンターの中に入る魔法陣。変わってマリエルがカウンターを出る。康夫はカウンターの端、ニコールのすぐ前に寄って様子をうかがう。

それから10分ほどが経過した。

「そろそろ準備ができました、では落語をば」
「あのお題は?」と康夫が質問する。「あ、ええ。今からのお話は創作話。タイトルは『SNSの嵐』です」

 それを聞いたマリエルは、突然大声で仕切り始めた。
「はい、みなさん! 今から今日の目玉。落語会が始まりました。私司会の小田切マリエルと申します」それを聞いた店内の客は一斉に拍手。
「今回は何と落語対決!それではまずは裏落語家・九笑亭魔法陣さんのお話。タイトルは『SNSの嵐』」
 それを横で聞いた魔法陣は、頭をゆっくりと下げる。そして顔を上げると、先ほどと違い満面の笑顔。そしてゆっくりと話し始めた。

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 21世紀になり、世間はネット社会。その中でもSNSが特に盛んな時代となりました。世間ではツイッターやフェイスブック、それからノートというものなど多種多様。そんなSNSを操作するため、スマートフォンとにらめっこする、あるふたりの姿。しばらく静かに操作しておりましたら、突然大声を上げる者が現れます。

野手:「あちゃ!おい、まただよ」
対田:「野手さん、どうしたんだ。急に大きい声出して」
野手:「対田さん、いやnoteでさ」
対田:「ノート? 何言ってんだ。お前持ってんの。それスマホじゃねえか」

ーーー(中略)ーーーー

ということで、対田のスマホの画像を見ると、なんとまあ、リツイートの嵐と相成りました。
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 こうして魔法陣が話し終えると、スキンヘッドの頭を前に付きたてるように礼をする。その瞬間店内は拍手の嵐となった。
「裏落語家さん、ステキー」「いや、やっぱ面白い。こりゃプロとかわんないな」「お金がかかってるって。遊びじゃねえな」
 篠原をはじめ彼女と一緒に来た落語好きなお客さん達は、お酒も入っているためか大喜びで大満足。信二もニコールも楽しそう。その横でひとり顔色が変わるのが康夫。

「こ・これが、裏落語家か。いくらここがホームでも格が違う」康夫は魔法陣の実力の前に震えた。その横で客同様に盛り上がっているのはマリエル。大きな声を張り上げて、「さて、九笑亭魔法陣さんの落語。さすがお見事でした。しかし負けるわけにはまいりません。対決するのは、やす、え?何」マリエルの耳元でニコールが囁いた。

「あ、はいわかりました。続きましては当店マスター・康夫。本日新たに襲名したばかり。『呂宋家真仁羅(ルソン ヤ マニラ)』の襲名披露落語でございます。落語のタイトルは『2020のゆくえ』」

「あ、アイツ何言ってんだ」焦る康夫を横に店内は拍手の嵐。店をオープンしていろんな客と接した康夫が、これにまでにもないプレッシャーを感じる。顔中に汗をかくが、そこは接客業のプロ。すぐに後ろを向き、まずは大きく深呼吸をするのだった。

(後編に続く)

追記:この物語はフィクションです。


※こちらの企画、現在募集しています。
(エントリー不要!飛び入り大歓迎!! 10/10まで)

こちらは57日目です。

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シリーズ 日々掌編短編小説 223

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