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行き先が? 第923話・8.5

「悪いが、今から仕事なんだ。悪いけどビールは今度にするよ」友達がうまそうに2本目のビールを飲んでいる。思わずのどが唸るほどうらやましかったが、そこを我慢して俺は仕事場に向かった。俺の仕事はタクシーの運転手。
「さてと、夜の客を運んで稼がないとな」個人タクシーなので、働く時間は自分で決められる。俺は夜の方が終電に乗り遅れた客が狙えるので、積極的に深夜に走らせるのだ。

 駅に向かうと早くも、タクシーを待つ終電帰りの列があった。俺以外にも数台のタクシーが前に来ていて、順番に客を乗せていく。こうして俺の晩になった。若い女性のようだ。「行先は」「......」女性はうつむいたまま何も答えない。とはいえ次が待っているから、ゆっくりと車を走らせた。
「あ、あの、行先なんですが」他のタクシーの邪魔にならないところでいったん車を停め、再度行先を確認。「......」やはり何も言わずに黙ったうつむいている。「もしかして酔っているのかな」とも思ったが、それ以上に俺は嫌な予感がした。時計を見ると時刻は深夜1時前である。「もしかして」俺はまさかの幽霊を乗せたのでは?というパターンを意識した。

 実際に過去にそうではないかという不気味な客を乗せたことがある。本当に幽霊かどうかはわからないが、その客の不気味さは今考えても怖い。おかげでその客を乗せた日から、1週間は深夜に車を出すことをためらうほどの恐怖があった。

「まさかな」俺は、この客に足があるかどうか見る。だが足はちゃんとあるし、以前のあの客のような不気味さはない。でも、行先を言わないとどうしてよいかわからないのだ。「とりあえず走って」俺が車を停めたまましばらく待っていたからだろうか? ようやく女性客は、か細い声を発した。「と、とりあえずというのは?」俺は聞き返したが反応はない。
「走ってというのなら、走るしかないな」俺は車を再び動かす。

 俺は、最悪の事態を考え、町中のにぎやかなところを走った。この町は小さいながらも繁華街のようなところがあり、深夜の時間帯でも店が開いているところがある。行き先がわからないから延々とそのあたりをぐるぐると回った。「金取れないかもな」と思いつつもタクシーのメーターは回しており、確実に料金が上がっていく。

「あ、あそこ!」どのくらい繁華街を走ったのだろうか、女性が声を出しながら指をさす。「え、あそこですか?」俺は嫌な予感がした。そこは車一台が入れるかどうかの細い路地。一応車道になっていた。そこもお店が並んでいる通りだが、もうどの店も閉まっていて、ひっそりとしている。
「言われた以上は従わないとな」俺は、細い路地の暗闇の中をゆっくりと走った。
この細い道は結構長く細い道が延々と続いている。
「そういえば、ここ走ったことないな」俺は少し恐怖を感じながらも慎重に車を動かす。やがて目の前に川が見えてきた。そこで細い路地は行き止まり。左右に道がある。
「突き当りを左ですか右ですか?」俺は客に聴いてみた。客はやはり何も言わないが、ただ指をまっすぐに向けている。「え、行き止まりですよ」俺は説明したが、ここで女が一言「まっすぐ!」とだけしか言わない。

「ま、まずい」と、思いつつ、俺は速度を落としつつぎりぎりまで直線に走る。「ダメです。ぶつかりますよ!」俺は何度も後ろの席を呼び掛けたが、反応はない。ところがあと5メートルくらいの時、不思議なことが起こった。突然タクシーが宙に浮く。「え?」俺は何が何だかわからないが、タクシーがどんどん上昇し、空から川を渡る。タクシーはさらに上昇した。気が付けば雲の上にいる。「な、なんで」俺はもうハンドルもアクセルも何もしていない。まるで客の意思に従うように、タクシーがどんどん上昇するのだ。

「ああああ、」俺は恐怖のあまり声を出す。「い、いやああああああ!」もう一度大きな声を出した。

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「あれ。」俺が気づいたときには、友達の家にいる。「お前、もう朝だけど」横に友達がいた。「あ、夢?」「ハッハハハハ!お前ずいぶんうなされていたぞ」友達が声に出して笑う。

「お前仕事に行くとか言いながら、結局ビールの誘惑に負けたしな」「ああ、そうだった」俺は思い出した。仕事前なのに友達があまりにもうまそうにビールを飲むからそのゆうわけに負けたのだ。一口飲むともう仕事にならない。そのままこの日の仕事をあきらめて、しこたま飲んでいるうちに、いつの間にか眠っていた。「ああ、夜に飲むも久しぶりだったから......」俺は右手を頭の後ろに置きながら適当に言い訳。

「そうか、昨夜の勤務はすべて夢の中か。だけどあの後どこに向かったのだろう」俺は腕を組みながら、はるか天空に向かって上昇を続けたタクシーの行先、夢の続きが気になった。



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