走るトラック

「ずいぶん冷えてきたな」直樹は、長距離トラックのドライバーである。彼はちょうど高速道路のサービスエリアに来ていた。時間は深夜で当然暗いが、彼らにとって夜は眠る時間ではない。
 朝までに10トントラックにぎりぎりまで詰められた荷物を、都会にある配送センターに運ぶ必要があるのだ。

 そして直樹もそんなトラックのドライバーを始めて十数年がたつが、この夜はいつもとは少し気分が違っていた。彼の相棒と言えるトラックを駐車場に止めて、トイレに向かう際にも、昨日までとは違う不思議な感情がある。
 もちろんこの時間にはレストランなどは空いていない。しかしこのサービスエリアには、24時間空いている店がある。だから食べ物が調達できた。直樹は今回のルートを深夜走るときは、ほぼこのサービスエリアでの深夜営業をしている店に立ち寄る。直樹はこの日、パンとあたかい缶コーヒーを購入した。

 店を出ると、目の前から男がふたり近づいて来くる。別に直樹が目の前を歩いても、彼らは全く興味を示さない。それよりも同じ運送会社仲間だろうか?同じような作業着姿で仲良さそうに大きな声で会話しており、それが直樹の耳に自然と入った。

「おい、予定より少し早く着いたな」と背の高い男がつぶやくと「まあな、ちょっとここで時間を取ろうかな」と小太りの男が答えた。
「そうしようぜ。あ、そうだ。おまえ今日は何の日か知っているか?」「知らねえよ。台風がまた日本に近づいているのは知っているがよ」と、小太りが面倒そうに答えると背の高いほうが自慢げに語りだす。
「今日は10月9日で、トラックの日らしいんだぜ」「トラックの日?そんなのあるのかよ」と小太り男は語尾が裏返った。
「ああ、全日本トラック協会と47都道府県トラック協会では、平成4年から10月9日を『トラックの日』と定めて、イベントをしてるらしい」と相変わらず得意げな背の高い男。
「けっ、それって単なる語呂合わせじゃねえかよ。ろくに運転もしねえのによ、協会のお偉いさん方は下らねえことばかり考えてやがる」小太りは少し投げやりだ。
「まあな、まあ俺たち末端のドライバーにゃ関係ない話だ」「確かにな。ま、何の記念日になったって、いつも通りに走るだけさ。それより寒いな、肉まんとは売ってねえかなかあ」と言いながら、店の中に入った。

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「トラックの日か、まさかお前との最後の日が、そういう記念日とは面白いな」
 直樹はすれ違ったふたりのドライバーたちの話を思い出しながら、自分のトラックの前に来ると、静かに眺めていた。実はこのトラックは今回の運送業務をもって引退することが決まっている。

 5年ほど前に新車で購入したこのトラックは、年間10万キロ以上走行した。すでに総走行距離は50万キロを超えており、トラックとしての寿命となっていたのだ。直樹が今の運送会社に転職してちょうど6年目。入社して3か月後に、新品トラックのドライバーを任されてから、休日以外のほぼ毎日。よき相棒として日本各地を旅した。そしてこの旅も今回が最後になる。

 直樹はまだ時間があるとばかりに、運転席に入る前に、缶コーヒーのプルタブを空ける、駐車スペースには同じような大きさのトラックが並んでいる。エンジンが付いて回転音が鳴るものと静かに音ひとつ立てないトラックまでまちまち。それでもいつも見るこの光景ひとつをとっても、今日は不思議な気がしてならない。そんな中プルタブの開ける音が、いつもより周りに響く気がした。
 そして直樹は、ホットコーヒーを口に運ぶ。いつものようにやや熱めのコーヒーの液体は、口の中からそのままのどを目掛けて流れていく。直樹が好きなのは無糖のコーヒーである。甘味を感じることなく、逆に口の中を覆うわずかな苦みは、深夜の目覚めにも効果的なのだ。

 コーヒーを口にすると、周りに誰もいないことを良いことに、トラックに語り掛ける直樹。
「社長がいうには、お前はそのままスクラップではなくて、中古品として東南アジアに行くらしいと聞いたぞ。俺は東南アジアなんて行ったことないけど、向こうは日本の中古トラックがずいぶん活躍しているらしいってな。
 良かったなあ。第二の人生じゃないや、車生を歩めよ。俺が保証する。おまえはまだまだ十分走れるから、現地のドライバーもお前の担当になった奴は絶対ラッキーだぜ」そう言うと、直樹はトラックの前にある金属部分を軽く叩いた。

「でも塗装されて別の姿になるんだろうな」運転席に乗り込んだ直樹はふとこのトラックのこの後の姿を想像する。

 これは余談であるが例えばミャンマーなどは、塗装も変えずに日本の看板そのものでナンバープレートだけが変わった姿で走っているトラックを見かけることがある。

画像1

※参考画像:ヤンゴンにて2020年2月撮影

 意外であるが、トラックの運転席は乗用車のそれほとんど変わらない。違うといえば乗用車よりも高いところに運転席があるので、見晴らしがよいというくらいか。
 運転席に戻った直樹は、買ってきたばかりのパンをかじる。そして残りのコーヒーを飲む。すると5年前に初めてこのトラックのドライバーとして運転した日のことが頭の中に思い浮かんだ。
「はじめてこの運転席に乗り込んで、なじませるまでのときが、一番記憶に残る。あのときいきなり600キロ走ったよな」それ以降も、その時々の出来事が走馬灯のように頭には浮かんで消えていった。

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「ばれたら怒られるかもだけど」パンを食べ終えた直樹は、運転席の横に置いてあるカバンからあるものを取りだした。それは自分の名前「小西直樹」と書かれた千社札の形をしたシール。
「運よく、次のドライバーの手元に渡るまで、ばれませんように」そうつぶやくと運転席から見ても視界から外れるようなところに、千社札シールを張り付ける。

「よし、いよいよ次は配送センターまで休憩なしだ。こいつとのラストラン。心して走ろう」そういうとエンジンを入れる直樹。それまで眠っていたかのように静かだったトラックは、エンジンが入ると回転音が鳴りだし、小刻みに運転席が揺れる。そのあと直樹はいつものように前後左右を確認。ゆっくりギヤを入れてアクセルを少しずつそして力強く踏む。
 トラックゆっくりと動き出す。そしてその速度に合わせるかのように、回転数を上げていき大きなエンジン音を周囲に鳴り響かせる。こうして大きな音が深夜のサービスエリアに轟いた。やがてゆっくりと駐車場をはなれると、そままサービスエリアを出て高速道路本線に入る。トラックは東のほうを目指して速度を上げて走っていく。
「ゴールまであとわずか、事故が無いように慎重に走ろう」直樹は頭の中でつぶやいた。

 すでに遠く東のかなたでは、明るくなりはじめているのだった。



※企画とかの参加ではありませんが、こちらを聞きながら書いてみました。

まだ間に合います。10月10日まで募集しています。
あと2日を切りました。よろしくお願いします。

こちらは99日目です。(いよいよあと1日!)

第1弾 販売開始しました!

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シリーズ 日々掌編短編小説 264

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