見出し画像

5/12コミティア個人誌サンプル【4】

2019/5/12コミティア発行予定の個人誌サンプルその4です。3はこちら↓

■■■

3・宝探しはなんのため?

 
 エリオははっとしてドアを見る。客は三人。
 手前の二人はごく普通のちんぴらに見えたが、一歩後ろに控えた奴はいささか面倒くさそうだ。何せ、ド派手な花柄シャツに真っ白なスーツをまとい、どこで売っているのか見当もつかないヒョウ柄のボルサリーノをかぶった、三十代後半くらいの脂ぎった男だ。

「ルカの趣味とどっこいだな」

 思わずつぶやいたエリオだが、花柄男のスーツがルカの一張羅の十倍くらい高価そうなのは見て取っていた。金があるのに、この品のなさ。さらに単なるレストランにチンピラを従えてくる辺り、どう考えても面倒くさい。
 案の定、とりまきのチンピラが同僚に絡み始めた。

「まだだぁ? おっかしーな、俺の時計ではもうすっかりランチタイムだぜ?」
「時計の電池切れてんじゃないっすか、ちょ、やめてください、蹴らないで!!」
「ざけんなよ、俺のロレックスが電池切れで、このしょんべんくせえレストランの時計が合ってるとでも言うのか、てめえは? つべこべ言ってねえで飯出せや! こっちは一シーズンに二度や三度は来てる常連だぞ、コラァ!」

 チンピラが息巻きながら同僚の足を蹴り始めたのを見て、エリオは素早く駆けつける。同僚の腕を掴んでするりと間に割って入り、胸と胸がくっつくレベルでチンピラとの距離をつめた。ここまで近いと、有効な攻撃は頭突きくらいしか繰り出せない。
 案の定、チンピラは少々びびって顎を引いた。
 そんな彼に、エリオは天使の顔でにっこり笑う。

「あんた、お客様扱いされたいんなら、お客様らしくしなよ。ダイニングでは騒いじゃ駄目だし、床にゴミを捨てるのはお下品だって、お母さんに習わなかったのかな?」

 チンピラはぽかんとして口を開ける。
 次の瞬間、横から殺気が襲ってきた。エリオは反射的に身を低くする。
 頭上を空振りした拳。もうひとりのチンピラだ。
 同僚はもう厨房に逃げこんでいる。
 ならば、リディオが来るまでもたせればいい。
 エリオは身を低くしたところから、素早く床に転がった。
 一転、二転してチンピラたちから距離を取る。
 その途中で、ポケットから何かがこぼれた気がした。小さな、硬い、何か――。

「っ!」

 まさか、あれが落ちたのか。エリオがぎょっとして片膝をつく。
 ふたりのチンピラはいきり立った。

「てめぇ!!」
「俺たちを、舐めやがったな!!」

 舐めた、舐めないでひとを殺すのがチンピラだ。彼らの怒りは本物だった。
 しかし、今はそれどころではない。チンピラそっちのけで床を見ているエリオを見つめて、花柄シャツの男が口を開いた。

「待て、ふたりとも」

 ぴたり、とチンピラたちが止まる。どうやらしつけは出来る主人のようだった。
 彼はうなり声でも上げそうなチンピラふたりの間を通って、エリオに近づいた。そうして、指に挟んだ何かをエリオに向かってかざして見せる。

「お前が探してんのは、これか?」
「……!! そうだ、返せ!」

 エリオは跳ね起きて手を伸ばすが、長身の男はすかさず手にしたそれを頭上に上げる。
 それ。人さし指と親指で作ったくらいの大きさの、古い金属製の円盤だ。小さな突起がランダムに配置されたそれは、酸化して色は変わっているものの、まだそれなりの強度を保っている。

「俺はこいつを見たことがある。お前もサルベージをやるんだな、ガキ。お前も金が欲しいんだろう」
 花柄男はうっすら笑い、ねちっこい声で言う。
 生理的な嫌悪感が胃の辺りから湧き上がってくるのを感じながら、エリオは返した。

「サルベージはやるけど、金が欲しいわけじゃない。サルベージは、ロマンだ。で、あんたが持ってるそいつは俺のサルベージ品で、ロマンそのものだ。返してくれ」

 男はエリオの言い分を聞き終えた途端、爆発するみたいに笑い出す。

「ぶわっはっはっは! バカ言うんじゃねえよ、俺はサルベージ一筋十年、見つけた金貨は三十枚、海神の彫像だって引き上げた! てめえみたいなひよっこがサルベージを語るなんざ、お笑いだ。俺は知ってるぜ、こいつが何か。こいつはなぁ、ゴミだ」

 ゴミだ。その言葉がエリオの頭の中に反響する。
 ゴミ。ゴミだ。お笑いだ。ゴミだ。――ゴミだ。

「サルベージ品にくっついてくる、哀れなゴミ! こんなもんを大事にしてるなんてなあ。こんなゴミみてえな田舎町に張りついて生きてる人間にゃお似合いじゃねえか。てめえも顔だけ綺麗な役立たず、つまりはゴミだ。なあ?」
「ふっへへへへ、そのとおりです、ゴミですよぉ」

 取り巻きのチンピラが笑って繰り返す。
 ゴミ。ゴミ。あれが。俺のサルベージしたあれが。
 オルゴールが、ゴミ。
 一瞬エリオの目の前が赤くなった。もういいや、とどこかで声がした気がした。
 もういいや、殺しちゃっても。
 エリオが無造作に前に出ようとした、そのとき。

「そこまでだ!! エリオ、下がれ!」
「っ……ルカ兄」

 びくり、とエリオの体が震えた。
 振り向くと、厨房から出てきたルカがじっと花柄男をねめつけている。
 その瞳の光を見て、エリオは自分の中の怒りの火がすっと胸の奥に引っ込むのを感じた。怒るのをやめたわけではない。むきだしにするのをやめたのだ。自分が拳を振るわなくても、今のルカにならこの場を預けられる。そう思ったからだ。

「てめえ、こいつの身内か」

 花柄男が訊くと、ルカは低い声で答える。

「ああ。俺は、そいつの兄貴だ」
「ほう。で? どうする? やるのか」

 二対三。まだまだ自分たちが有利だろうに、花柄男は大人げなくすごんだ。ルカはそんな彼の顔をじっとねめつけた後、がばっと床に身を伏せる。

「すみませんでしたぁ!」
「ちょっ、兄貴……!?」

 愕然とするエリオの目の前で、ルカはガンガン額を床にぶつけながら怒鳴った。

「すみませんごめんなさい申し訳ない死んでもお詫びしきれません、ほんとのほんとにすみません! そいつはねえ、ばかなんです。見た目は綺麗だけど可哀想な生まれでして、頭殴られまくってるうちにすっかり駄目になっちまったんです、自分が何言ってるかなんか、いっこもわかっていやがらねえんです。いわゆるゴミですよ。人間じゃねえ。対するあなた! あなたはどう見ても素晴らしい紳士だ、わかります、威厳と気品と金の匂いってものは、黙っててもにじみ出すもんですから」
「お、おう」

 あまりの立て板に水っぷりに、男たちは虚を突かれたようだ。
 ルカは赤くなった額を上げて真顔で言う。

「素晴らしい紳士の旦那。どうかここは俺に免じて、許してやっちゃくれませんか。こいつには俺が念入りに言い聞かせます。お詫びって言っちゃあなんですが、どうか俺に一杯奢らせてください。地元民だけが知ってる、いいサルベージスポットの話なんかしながら。どうです?」
「ふーん。話がわかるじゃねえか」

 急に男の目が光り、声がにやける。サルベージスポットの話が出たからだ。
 こいつは金になりそうなものが引き上げられるスポットの情報が、何より大事なのだ。金、金、金、頭の先からつま先まで、金儲けの期待で一杯にして、この町にやってくるゴミみたいな奴のひとり。

「ありがとうございます! 旦那、旦那はわかってくださると思ってました!」

 ルカはそんなクズに思いっきり媚びた笑みを向け、やっと床から立ち上がる。
 男はにやにや笑いを浮かべたまま、ルカからエリオに視線を移した。

「後で話を聞こう。その前に、こいつと話さなきゃならないことがある」

 ふわっと暴力の気配が香る。
 殴られる、と思いながら、エリオはかすかに笑っていた。殴られたら、今度こそやっていいはずだ。だって最初に殴るのは相手なんだから。

 ――さあ、来いよ。

 エリオの目の前で、男の拳が振り上げられる。

(来い。殴れ。始めようぜ)

 エリオが心の中で囁き、ルカが慌てて身を乗り出す。場違いな優しい海風が吹き、カーテンがふわりとたなびいたのが見えた。そして、視界の端で銀色の光がひらめいた――と思った直後、エリオと男たちの頭にキンキンに冷えた冷水がぶちまけられる。

「うっひゃあ、つめてっ!」

 エリオは甲高い声で叫んで後ろへ下がり、目を円くする。

「うわっ、わっ、わっ……何しやがる、な、何? 何が起きてやがるっ!?」

 叫んでよろよろしているのは花柄男だ。いつの間にやら、頭から銀のバケツをかぶって身もだえている。よく見るとそれは、エリオの商売道具のひとつだった。

「ワインクーラー……?」
「失礼。部屋にあったものをお借りしました。さきほど氷が足りなくなりまして」

 つぶやいたエリオに、さっきの冷静な声が返る。
 見れば、レストランに新たな役者が登場していた。花柄男にステンレスのワインクーラー――水と氷入り――をぶちかましたであろう男は、こんな季節でもかっちりしたピンストライプのグレースーツで決めた紳士だ。
 コローナの男が好むスーツは大体生地が薄くてゆったりしなやかな仕立てだが、彼のは多分外国製だろう。広い肩幅ときゅっと絞ったウェストが堅苦しくも色っぽく、黒髪を肩の下まで伸ばしているのに少しもくだけた感じがしない。
 歳は花柄男と同じくらいなんじゃないだろうか。でも、彼とは比べものにならないくらい峻厳な面持ちのひとだ。貴族が行くような学校の教師とか、そんな雰囲気。
 彼はまるで食事の後みたいに、骨張った両手を丁寧にハンカチでぬぐっている。

「貴様ぁ、一体なんのつもりだ! この店はクズだ、ゴミだ! ろくな人間がいねえ!」

 ワインクーラーを床に投げ捨てた花柄男が、ヒステリックに叫ぶ。
 がらんごろんと凄まじい音を立ててワインクーラーが転がっていくが、黒髪の紳士は動じずにハンカチをしまって背後を振り返った。

「まだ頭を冷やしていただけないようです、ジルド様」
「困ったねえ。僕がゴミなせいかな」

 涼やかな美声が響き、店内の視線が一点に集まる。
 黒髪紳士の後ろ、レストランの入口前に、ひと組のカップルがいる。
 昼時にはふさわしくない、金ラメ入りのイブニングドレスをだらしなく着こなすとびきりのブロンド美人と、その腰を抱いて立つ青年。
 青年が首を傾げると、銀細工みたいな髪がぱらりと白い顔にかかった。海底に沈む石の彫刻みたいな、繊細で彫りの深い顔だった。鼻は薄く、唇はどこか少女めいてふっくらしている。彼は穏やかにきらめく緑の目を細め、ゆったりと口を開く。

「よく言われるんだ。お前らアバティーノは、この町のゴミだって」

 アバティーノ。その名を知らない人間はこの場にはいない。
 さあっと緊張が走る中、女だけがへらへら笑う。

「何言ってんのぉ。そんなこと言う奴は、ジルドがみーんなやっつけちゃったじゃない」
「こらこら、あんまり本当のことを言ったらダメだよ。善良な市民のみなさんが、怖がっちゃうかもしれないじゃないか」

 ふたりの囁きあいを聞いているうちに、花柄男と取り巻きの顔がみるみる青くなっていく。エリオはというと、びっくりしつつも納得していた。
 ジルド・アバティーノ。
 アバティーノ一家のボスであるレナート・アバティーノの長男で、コローナ・リゾートというフロント企業の社長を務める男。
 ……言うなれば、将来を約束された、マフィアの王子さまだ。
 なるほど、彼が特別室の客なのだ。彼ならオフシーズンの平日に、あのくそ高い特別室に転がりこんでも不思議はない。むしろずいぶん質素な印象すらある。
 エリオは彼を間近で見るのは初めてだったが、第一印象は『随分若いな』だった。
 多分二十代半ばじゃないだろうか。優しげな美貌には暴力の気配などみじんもなく、格好は前をはだけた白シャツにスラックスというラフきわまりないもの。ウィルトス産であろう薄い生地の下には鍛えられた筋肉が息を潜めているものの、妙な清潔感のせいでただのスポーツマンめいて見える。
 いきなりの有名人の登場にぽかんと口を開けていたルカだったが、我に返ると慌てて目礼をした。ジルドは優しげな瞳をルカに向け、すぐに花柄男に向き直る。

「ご機嫌よう。改めて自己紹介いたします。僕はジルド・アバティーノ。音楽と女を愛する者です。ちなみに、そこのふたりもわたしの身内です。以後、お見知りおきを」
「アバティーノ……」

 花柄男は呆然と繰り返し、エリオとルカを見る。
 エリオとルカはというと、頭の上にいっぱい「?」を浮かべてきょときょとしていた。身内、というのはどういうことだ。ジルドの身内。それはすなわち――。
 エリオたちの戸惑いをよそに、ジルドは言葉を重ねる。

「僕らの町にようこそ。僕らは夢を持ったひとたちを歓迎します。ただ、礼儀知らずだけはいただけない。帰ってくださいますか?」

 ジルドの声は蕩けるように優しいのに、その場にいる全員が背筋に寒いものを感じた。
 濡れ鼠になった花柄男は全身をぶるりと震わせ、真っ青になる。言い返すのかとも思われたが、彼はすぐに取り巻きのほうを振り返った。

「……おい、何をぼーっとしてる! 行くぞ!」

 声には怒りよりもおびえの色が濃い。エリオとしては二、三発ぶん殴ってやりたいところだが、まさかジルドの目の前でやるわけにもいかない。彼がこいつらをただで帰すというなら、従うしかなかった。

(自分の街でこんな態度に出られたってのに、無傷で帰してやるってわけか。見た目通りのお坊ちゃまだな。苦労知らずのサラブレッドってやつ)

 そんな思いでエリオが顔にかかった水をぬぐっていると、不意にジルドが花柄男の前に出た。

「あ、ちょっと待って」
「なんだ?」

 ぎょっとした様子の男に、ジルドはそっと目を細めた。

「帰り道、違いますよ」
「そんなこと言ったって、出口はそこだろうよ」

 男は戸惑い、怯えに顔をしかめながら、それでも強気な口調を崩さずに言う。
 ジルドは笑顔のまま、ルカとエリオをちょいちょい招いた。

「おーい、そこのふたり。イザイアを手伝って、この方をお送りして。彼、あっちから帰るから」

 あっち、と言ってジルドが指さしたのは、カーテンたなびく窓だった。
 窓の外は……断崖絶壁。その下は、海だ。
 もちろん穏やかに帰れるような場所ではなくて……つまり、ジルドは、『こいつを窓の外に棄てろ』と言っている。
 理解した瞬間、エリオの目の前はぱっと明るくなった。
 そういう言葉を、待っていた!

「はいっ!」

 エリオは力一杯答えて花柄男の腕を掴む。ルカもにやりと笑って後に続いた。

「なんだ? おい、何をする。おいっ、おい、やめろ、なんだ!?」
「何っておっさん、察しがわりいなー。一泳ぎ、一泳ぎ! 気持ちいいよぉ」

 エリオは満面の笑顔で言い、ルカも楽しそうに言い添える。

「そういうことですよ、旦那。サルベージが趣味なんでしょ? 多分死にませんって」
「ちょ、お前ら、よせ、よせ、よせっ、助けろ……――!」

 騒ぐ男を問答無用で窓まで引きずって行くと、イザイアも手伝って巨体を窓枠に押し上げる。最後はイザイアの容赦ない蹴り一発で、男の巨体は空に舞った。

続く

**PARAISO DOGS1~迷える子犬と楽園の獣~

PARAISO DOGS2~死の天使と汚れた英雄~
2019/5/12二冊同時発行予定**

通販はこちら↓

栗原移動遊園売店


この記事が参加している募集

コミティア

サポートは投げ銭だと思ってください。note面白かったよ、でも、今後も作家活動頑張れよ、でも、なんとなく投げたいから、でも。お気持ちはモチベーションアップに繋がります。