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【心得帖SS】「要件定義」のススメカタ。

「皆さんこんにちハ!ワタシがPM(プロジェクトマネージャー)の忍ヶ丘デス」
大会議室の壇上に立った総務部課長、忍ヶ丘麗子が辺りを見回しながら言った。

「まずは日々の業務が多忙な中、このキックオフミーティングに参加いただいたことを感謝申し上げるワ。限られた時間の中ですが、有意義なモノにしていきましょうネ」
そう言って、麗子は前方のスクリーンに映し出された資料をポインターで指した。
「今回のシステム開発に関して、スケジュールの共有化の根底にあるキーワードは【マインドアップ】【ベクトルマッチ】になりまス…」


昨晩あまり眠れなかった営業二課の四条畷紗季は、あくびを我慢しながらメモを取っていた。
ざっと見た限り、キックオフミーティングの参加者は30名程度。実際のプロジェクトメンバーは10名くらいと思われる。

「今回のメンバーを発表するワ」
紗季の意図を読み取ったのか、麗子がプロジェクトメンバーを映し出した。
(営業からは私と有希ちゃんか。あと本社の人が入っているわね)
事前に聞いていた通り、本社の情報システム開発部から2名プロジェクトに参加していた。
うち1人の名前に、彼女は見覚えがあった。
(海老江建さん…うちのIT担当のエースだよね。そんなに大々的なプロジェクトなの?)
辺りを見回した紗季は、海老江の姿を見つける。彼のトレードマークであるドレッドヘアと赤縁メガネはすぐに見つかった。
ふと、彼もこちらに気が付いたのか、ニコッと笑ってバチコーンとウインクを放ってきた。

「⁈⁈⁈」
紗季は思わず漂ってきたウインクを手にしたクリアファイルではたき落とす。
キョトンとした表情を浮かべた海老江は、やがて大爆笑を始めた。
「何がおかしいノ?海老江クン」
途中で説明を遮られた麗子は、ムッとして彼の方を向いた。
「いえいえ、姉御の邪魔をする気はございませんよ」
降参のポーズを取りながら、彼は両手を拡げる。
「ボクはただ、素敵なレディに見惚れていただけですから」
「…相変わらず、仕事は優秀だけれど変わったひとネ」
呆れた口調で話を打ち切った麗子は、再び説明を始めた。


「紗季さんもプロジェクトメンバーだったのですね」
ミーティング終了後、有希がテテテっと近付いてきて嬉しそうに言った。
「宜しくね、有希ちゃん」
「あの、さっき忍ヶ丘課長が話していた中でよく分からないワードが出て来たのですが」
少し首を傾げた有希は、紗季に尋ねてきた。

「【要件定義】って何ですか?」

「要件定義は、システム開発などのプロジェクトを始める前に、実装したい機能や満たしたい性能などを明確にしていく作業のことね」
紗季はかいつまんで説明した。
「ユーザー…今回は営業サイドの私たちが、何を求めているのかを出来るだけ具体化して整理する。そしてそれらの要求を細分化、優先順位付けを行なって、システム設計の要件へと変換していくのよ」
「はえー、それって最初がとても重要じゃないですか」

「その通りだよ、お嬢さん方」

突然2人の後ろから声が掛けられた。
振り向くと胸ポケットに仕込んであったであろう真っ赤な薔薇を口に咥えた海老江が、ニヒルな笑みを浮かべていた。
「あなたは…情報システム開発部の海老江さん?」
メンバー表を手にした有希が、彼に尋ねる。
「ええ、ワタシがシステム開発部のエースで元スーパーハッカーの海老江建ですよ」
さりげなく彼女の手を取った海老江は、キラキラした瞳を向けて言った。
「退屈な出張だと思っていたら、こんな素敵なレディ達に出会えるなんて、もの凄く胸が高まってきたよ」


よぉしボキ頑張っちゃおうかなぁ、と拳を突き上げている彼を見て、紗季と有希は思わず苦笑いを浮かべるのだった。

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