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【心得帖SS】バーベキュー・クライシス

「よおし、焼きソバいっちょ上がりっ!」
鉄板の上でヘラをカチカチ鳴らして、営業一課課長の寝屋川慎司が周囲の人びとに声を掛けた。

本日は●●支店合同の日帰りバーベキュー大会。従業員の家族も参加可能なため、結構な人数がこのバーベキュー場に集まっている。

「さすが食通の寝屋川課長、いい材料使ってますね」
同じく営業一課の大住有希が、鉄板を覗き込んで感想を述べた。
「それだけじゃないぞ、ボクの愛情もたっぷりトッピングしてあるからな」
「あ、それはいいです」
「袈裟斬りっ⁈」
「…ウチの人がすみません。この調子だと会社でも相当ご迷惑をお掛けしていますね」
彼の隣にいる寝屋川佳世が、何か言う度にペコペコと頭を下げている。
「いえいえ、課長はムードメーカーですから毎日とても楽しいですよ」
有希はそう答えると、佳世の足にしっかとしがみ付いている幼稚園くらいの男の子に声を掛けた。
「こんにちは、お名前はなんていうのかな?」
「…ねやがわ…はると」
「はると君か、私はおおすみゆきです。ね、あっちでお姉ちゃんと遊ぼうか」
「…うん」
有希は佳世に頭を下げると、晴人の手を引いて広場の方に向かって行った。

「しっかりとした、いいお嬢さんね」
微笑みながら見送った佳世は、慎司に向かって言った。
「ああ、自慢の部下だよ」
慎司は鼻の下を擦りながら応えた。

バーベキュー場の中心地では、既に宴会が始まっていた。
「一登クン、私の酒が飲めないっていうノ?」
赤ワインのフルボトルを手にした総務部課長、忍ヶ丘麗子が営業二課課長の京田辺一登に絡んでいる。
「麗子さん、スイッチ入るの早すぎだって」
ターゲットになっている京田辺は、ビールの入ったプラカップにワインが注がれるのを必死に躱している。
「何よォ、せっかくビアスプリッツァにしてあげようと思ったのにィ」
「あれは白ワインとビールでしょうが」
「ああそっか、こっちネ」
麗子はトートバッグから黒猫ラベルの白ワインを取り出した。
「いやそっちも持ってるんかいっ!」
油断した隙に並々と注がれた白ワインを見ながら、京田辺は明日の二日酔いを覚悟したのだった。


「シークレット鍋、始まりまーす!」
総務部の星田敬子は、バーベキュー場のパンフレットをメガホンよろしく丸めて声を掛けていた。
彼女の前には、下拵えを終えた大鍋がコトコト音を立てて煮立っている。
シークレット鍋とは、各課の代表1名がそれぞれ1種類ずつ具材を投入していき、取り分けたあとの椀を一番早く空にした課に賞品が進呈されるイベントだ。
事前に幹事の食材チェックがあるので、食べられないものが投入されることはないが、組合せによってはとんでもないモノが出来上がってしまうのだ。

今回も誰かがとんでもない食材(詳細は割愛)を投入したことにより、早食対決は1名を除いてリタイヤというとんでもない状況になっていた。
「…御馳走様でした」
物流部のAI社員、放出潤は紙ナプキンで丁寧に口を拭いたあと手を合わせた。
「放出さん、他がリタイアしたので優勝です、おめでとうございます」
敬子から渡された目録を一瞥したあと、放出は彼女に尋ねた。
「星田さん、残った鍋はどうされますか?」
「うーん、捨てる訳にはいかないので何とか皆さんで胃袋におさめてもらうしかないですね」
彼女の返事を聞いて、放出は大きく頷いた。
「分かりました。それでは優勝した私と物流部の皆さまで、責任を持って食べ切ることにいたします」
彼の言葉に、会場からはおーっという歓声と拍手、物流部のメンバーからは悲鳴と怨嗟の声が響いてきたのだった。


(ひやっ、冷たっ!)
川の浅瀬に足を浸した営業ニ課の四条畷紗季は、手に持っていたハイボールの缶をくいっと開けたあと「ぷはーっ」という声を上げた。
隣からクスクスと笑う声が聞こえてくる。
「アフターファイブのオジさんが居ると思ったら、四条畷さんか」
「…課長、オジさんは酷いです」
ペットボトルの水を抱えた京田辺が、こちらに近付いてきた。
「暫く匿って貰えるかな。麗子さんの攻撃が酷くてね」
「そうみたいですね。麗子課長に昼間からワインを与えてはダメだということが良く分かりました」
「確かに言えてるね」
京田辺は納得顔で微笑った。

そして彼は、仕事の話で申し訳ないがと前置きしたあと話を続ける。
「例の部門横断プロジェクト、来月から本格的に始動することになった」
「提出物の管理システムですね。噂では本社のIT企画部も絡んでくると聞きました」
これはもう一支店の案件では無くなってきたなぁと、紗季は改めて気を引き締める。

「最後に、本プロジェクトの指揮は…」
「ワタシが執ることになるワ!」
いつの間にか姿を現していた麗子が、京田辺の話を引き継いで言った。
「…お手並み拝見ネ、紗季チャン」
「はい…お手柔らかにお願いいたします」


『2人の目線が激しく交錯する。
ここに、ひとりの一登(オトコ)を巡った真の対決が幕を開けるのであった…』



「チョットシンジ!なに好き勝手な解説をぶち込んでくれてるのヨッ!」
「ホントです!捏造はやめてくださいっ!」
「ぐふっ!」

麗子と紗季の2人からボディにいいパンチを喰らった寝屋川は、そのまま膝を付いて浅瀬に倒れ込んでいった。

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