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グチの煮付け

普段お世話になっているスーパーでは、火・土・日曜は鮮魚が豊富だ。

ある日曜日、スーパーでグチが安かった。

魚を見たら、煮付けずにはいられない。
全然知らない魚だが、知ったふうな顔をして2尾買って煮付ける。

煮付けに合わせて今日は和食だ。
かぼちゃの煮物を多めに作り、翌日以降のお弁当のおかずにもしよう。

わたしは、週の中で一番外に飲みに行きたくない曜日は日曜日だ。
早めにお風呂に入ってから、ゆっくりお酒を飲みながら晩ごはんを食べる。








初めて食べるグチは白身魚だった。
細かい骨はあったが、気にせず食べる。

わたしは、熱々のあんかけラーメンでも、真っ赤な麻婆豆腐でも、躊躇なく勇敢に食べる。
翌日唇の皮がベロベロにめくれることも美学だ。

グチって美味しいな。
何科の魚だろう。



1尾目のグチの終盤まで箸を進めていると、喉に骨が刺さった。



こんなこともあるだろうと落ち着き払って、手元にあったビールを勢い付けて飲む。

取れない。



ご飯粒を丸飲みするのがいいというが、わたしは夜にご飯は炊かない。
冷凍ご飯のストックもない。

かぼちゃの煮物で代用する。
グッと丸飲みする。

取れない。



ネットで検索したツボを押してみる。

取れない。



無駄にジャンプしたり体の向きを変えたりする。

取れない。



うがいをする。

取れない。



やはりかぼちゃか。
かぼちゃの煮物をどんどん丸飲みする。

取れない。



スマホのライトを使って、鏡で喉の奥を覗くも、骨は見えない。

かれこれ30分も格闘している。

やはり専門医に頼るしかないのか。





今開いている耳鼻咽喉科を検索すると、電車に乗って行かないといけない場所だった。

日曜の夜、こんなはずじゃなかった。
美味しいグチを煮付け、美味しいお酒を嗜んで、あとは寝るだけのはずだった。

今から病院に行くには、あらゆるハードルが存在する。
着替える。化粧する。電車に乗る。



めんどくさい。



喉に骨が刺さって気にはなるが、「気になる」意外に実害はない。

この「気になる」と「めんどくさい」を天秤にかけると、ちょうど釣り合う。





専門家に相談して判断を仰いでみるか。

#7119という相談ダイヤルがある。

救急車を呼ぶかどうか、病院に行くかどうかなど、判断に迷った時、電話口で専門家が状況を聞き取りし、アドバイスや指示を出してくれるのだ。



世の中に絶対というものはない。
予想外の出来事だってある。
それでも、わたしには絶対こうなるという確実な未来が見えた。

魚の骨が喉に刺さりましたと伝える。
意識はある。
痛みや出血はない。
体は動く。
救急車を出動させる必要性は皆無。

かと言って、「そのまま放っておいていいですよ」と言ってくれる訳がない。

ということは、「自力で病院に行ってください」と言われる。

絶対だ。


わたしは相談ダイヤルに電話することをやめた。
こんなことで相談ダイヤルの貴重な回線を塞いではいけない。

わたしの症状は、所詮、「着替えて化粧して電車に乗るめんどくささ」とちょうど釣り合う程度のものだ。
何なら、めんどくささの方が若干重くなってきた。





似たような現象に、お風呂やプールで耳に水が入って抜けないということがある。

ケンケンしたり、綿棒で突いてみたりしても、抜けないときは全然抜けない。
そんな時、実は放っておいても良いらしい。
人間の36.5℃という体温で、自然と水が蒸発するというのだ。

骨も放っておいたら自然と溶けてくれたりはしないだろうか。

検索してみると、溶けるとは書いていないが、一晩放っておいたら何かの拍子に自然と抜けることもあるらしい。



このまま寝てみようか。



ただ、わたしの喉に刺さったのは、骨といっても針のような形状というよりは、体感としては、エラあたりの鱗のような形の骨が面で刺さっている気がする。
きっと三角形のギターピックのような形の、小さな小さな骨。

寝ている間に、ちょうど、そのギターピックが綺麗にペタッと気道を塞ぐことはないだろうか。

わたしは一人暮らしだ。
万が一、いや億が一、そんなことがあるかもしれない。

寝る前に、一応実家の母親にだけ伝えておこうか。



世の中に絶対というものはない。
予想外の出来事だってある。
それでも、わたしには絶対こうなるという確実な未来が見えた。

「お母さん、あのさ。
魚の骨が喉に刺さって、どうやっても抜けへんけど、一旦このまま寝るわ。

ただ、骨の形がたぶん線じゃなくて面やから。

寝てる間に気道にたまたまジャストフィットしたらヤバいよな。
まぁ、普通そんなことないやろ。
ほなおやすみ。
一応それだけ伝えとこう思て。」


「中途半端なもしかしたら死ぬかも宣言をする暇があるなら、病院に行きなさい」と母親から怒られる。

絶対だ。



そうこう悩んでいたところ、喉に刺さった骨が取れた。

食道を通り、完全に飲み込めたのだ。



これで一安心。





しかし、残念ながらわたしは晩酌を楽しめるコンディションを失っていた。



一週間分のかぼちゃの煮付けを丸飲みしたせいで、お腹がいっぱいだ。



今週いっぱい使えると思ったはずのお弁当のおかずも失った。



目の前に残るのは、あと1尾のグチの煮付け。






わたしは翌日持っていくお弁当箱に、グチの煮付けを詰め込んだ。





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さて、次回の #クセスゴエッセイ は

「皿洗うだけの人生」

をお届けします

お楽しみに〜
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