本屋大賞に選ばれなくとも「おもしろい!」と言いたい
全国の書店員が選んだ「いちばん売りたい本」として、毎年、書店員の投票によって絞られた10作品の候補作から、大賞となる作品が選ばれる「本屋大賞」。
4月10日に発表された2024年の本屋大賞に選ばれたのは、宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りにいく』だった。
本作では、中学2年生の夏休みをすべて西部大津店に捧げた少女、成瀬あかりが突き進んでいく人生が、滋賀県の街並みとともに描かれる。
主人公・成瀬あかりが起こす物珍しい行動には、登場人物の誰もが意表をつかれる。
物語のなかには、彼女を敬遠したり、面白半分に眺めたりする者もいるが、成瀬は気にも留めずに、飄々と自らの興味の赴くままに行動していく。
報酬や賞賛などない。コスパなんてどう考えても悪い。
そんな無謀な挑戦とも言える出来事があっても、彼女はためらうことなく、その可能性に賭けることができる。その可能性を、どこまでも引き伸ばして楽しむことができる。
だからこそ、読者は純粋な探究心だけで突き進んでいく彼女に魅了され、憧れに近い感情を抱いてしまうのだ。
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今年の本屋大賞は、そんな成瀬の圧倒的な主人公パワーが多くの支持を集めたが、他のノミネート候補も魅力たっぷりの作品が並んでいた。
やはり、大賞に選ばれた作品に注目が集まってしまいがちけれど、他の候補作品も大賞に選ばれてもおかしくないほど、おもしろい作品で溢れているのだ。
そんな訳で、今回はあえて「これまでの本屋大賞において、大賞を惜しくも逃してしまった2位の作品」にスポットライトをあてて紹介してみようと思う。
【2004年】クライマーズハイ/横山秀夫
記念すべき第1回の本屋大賞を受賞したのは、80分しか記憶を保つことができない博士と家政婦の「私」、その息子ルートの心温まる交流を描いた小川洋子さんの『博士の愛した数式』。
そんなハートフルな物語に対して、この年の2位に選ばれたのが、実際に起こった事件を題材にして描かれた横山秀夫さんの『クライマーズ・ハイ』。
1985年に起きた未曾有の航空機事故の裏側で、錯綜する情報と報道の意義に揺さぶられながらも、報道現場に立ちつづける新聞記者の葛藤と、その一部始終を描いている。
新聞記者の主人公が緊迫した報道現場の全権デスクとして、うまく立ち回っているかというと、決してそうではない。
上司との折衝や部下の統率に至るまで、あらゆる事象に対応しながら事故に関する報道を選択していく。正解のない二択を何度も迫られる。
ちなみに、タイトルの「クライマーズ・ハイ」とは、登山中に極限状態に晒されることで恐怖感が麻痺してしまう現象のこと。
自分はそんな状況に陥ったとき、正常な判断が下せるだろうか。
彼の立場を思うだけでも、胃に穴が開きそうになった。
【2008年】サクリファイス/近藤史恵
2008年に行われた第5回本屋大賞は、過去4回の本屋大賞候補に連続で作品がノミネートされながら、惜しくも受賞を逃していた伊坂幸太郎さんが初受賞を飾ったことでも知られている。
この年に本屋大賞に選ばれた『ゴールデンスランバー』は山本周五郎賞にも選ばれたのちに実写映画化もされ、伊坂幸太郎を代表する作品となった。
そんな第5回本屋大賞で惜しくも2位だったのが、青春小説とサスペンスが融合した異色の小説である、近藤史恵さんの『サクリファイス』。
この作品では、プロのロードレースチームに所属する主人公が、仲間との関係や自身の役割と葛藤しながらレースに挑む姿と、その最中に起きる事件を交えて描かれている。
あまり馴染みのない自転車ロードレースの世界は、チーム競技にも関わらず、個人成績が存在する競技でもある。
エースを勝たせるために、あえて勝ちを譲る。自らが力尽きようと、他チームを疲弊させるために無理をして先頭を走る。
エゴと犠牲精神の間で揺れ動き、チームでの役割や人間関係に悩む主人公の様子は、他のスポーツではあまり見られない光景だった。
そんな熱い試合展開のさなかに起きる事件によって、物語にミステリの要素が加わり、よりいっそうストーリーは加速していく。
息もつかせぬ攻防の連続を
ぜひ、小説で体感してほしい。
【2018年】盤上の向日葵/柚月裕子
2018年に行われた第15回本屋大賞で選ばれたのは、辻村深月さんの『かがみの孤城』。
これまでも『島はぼくらと』や『ハケンアニメ!』などが候補作に選ばれていたが、辻村さんにとっては初めての本屋大賞受賞となった。
そんな第15回の本屋大賞において2位に選ばれたのが、柚月裕子さんの代表作ともなった『盤上の向日葵』。
名匠の将棋駒を胸に抱いた白骨死体を巡り、二人組の刑事が駒の足取りを追うのと並行して、将棋に魅せられた少年の壮絶な生い立ちが語られる。
ジャンルとしてはミステリと分類されているが
この作品はその枠組みに収まらない熱量があった。
事件のカギとなる将棋駒の行方を追う刑事たちが奔走する現代とともに、将棋の世界に魅せられ、自らの人生と戦い続ける一人の少年の物語が綴られる。
重々たる枷を背負い続ける少年の運命は、賭け将棋を専門とする真剣師と呼ばれる男との出会いをさかいに、大きく捻れはじめる。
文庫版は上下巻でかなりの文量があるけれど、物語からほとばしる熱量に当てられて、一気読みまちがいなしの作品だ。
【2019年】ひと/小野寺史宜
続けて行われた2019年の本屋大賞に選ばれたのは、瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』。
初めてのノミネートで初受賞となった本作は、近年、永野芽郁さんが主演で映画化されたことでもお馴染みとなっている。
そんな作品に惜しくも大賞を譲ったものの、多くの人々の心に響いたのが小野寺史宜さんの『ひと』。
嘘偽りのないまっすぐなタイトルで紡がれるのは、20歳の秋、母が亡くなったことで天涯孤独の身となった主人公が、少しづつ自らの人生を歩きはじめる物語。
故郷の鳥取から遠く離れた場所で独りになった主人公は、惣菜屋のコロッケをお婆さんに譲ったことで生まれた不思議な縁から、その店で働かせてもらうことになる。
この小説は、読んでいる人たちの多くにとって「非日常」の物語だ。今も両親がいて、大学に行くことができて、運良く仕事に就けた自分にとってもそう。
でも、主人公が惣菜屋の人たちや商店街のお客さん、地元から上京してきた同級生たちと交流しながら生活していく様子は、どこまでも彼の「日常」として、ありのままに描かれている。
受け入れがたい現実をそばに置きながらも、変わらない誠実さと実直な人柄で日々、ひとの温かさに触れていく。
大袈裟でなく、劇的でもない。
ただ彼が自ら決めた人生を、読者は見守りながら読みすすめていく。
最後まで物語を読み終えたとき、そばにいる人へ感謝を伝えたくなると同時に、きっと商店街でコロッケを買いたくなるはずだ。
【2020年】ライオンのおやつ/小川糸
2020年に行われた第17回の本屋大賞では、凪良ゆうさんの『流浪の月』が選ばれる。
初めてのノミネートで本屋大賞を受賞した凪良ゆうさんは、本作でその名を世間に轟かせると、2023年に発表された『汝、星の如く』でも本屋大賞を受賞している。
そんな第17回の本屋大賞では、小川糸さんの『ライオンのおやつ』が、候補作のなかから本屋大賞第2位に選ばれた。
この物語では、若くして余命わずかと告げられた女性が、瀬戸内に浮かぶ島のホスピスで過ごす最後の日々を温かに描きだしている。
「ライオンの家」と呼ばれるその場所では、過ごす人々の人生に残された日々を幸せな記憶で埋め尽くすために、館内のいたるところにさまざまな工夫が凝らされている。
また、主人公のちょっとした言動からは、ささやかな喜びや悲しみの感情に振りまわされながらも、心の隙間が少しずつ埋まっていくことに安心しているような、目には見えない温かな幸せを感じとることができる。
そして、正反対の感情を行ったり来たりしながらも、おいしいものを食べること、好きなものと触れ合うこと、過去の記憶を胸に抱くことは、ずっと変わらず彼女に幸せを分けあたえてくれていた。
最期の旅立ちを受け入れることと、諦めることの意味は違う。
だからこそ、読みおわった今でも、主人公の想いは読んだ人の心に希望の明かりを灯し続けている。
最後に
毎年、大賞作品に注目が集まるなかで、候補作に選ばれた作品のなかにも、ジャンルを問わずおもしろい小説が溢れている。
ぜひ、記事を読んでくれたかたには、歴代の本屋大賞候補作を眺めながら、お気に入りの小説を見つけてみてほしい。
もちろん、今年のノミネート作品も忘れずにチェックしてね。
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