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ムシューの導き 2011.02 in Paris


パリに行ってみたい。

憧れの旅立ちに向けて私は、短期フランス語レッスンでお世話になっていた先生から、観光でよく使うだろうフレーズとおすすめの場所、そして一人旅の注意点を教えてもらっていた。


『オランジュリー美術館』は、おすすめされた場所の1つだった。

だけど、それを目前にした公園の片隅で、私は少し迷っていた。


オランジュリー美術館も気になる。
けど、オルセー美術館も気になる。
ルーヴル美術館だって、正直全然見足りない。


「旅行」という限られた時間の、しかも夕刻迫り来るタイミングで、どこを優先して観るべきか、私はしばし考えていた。 


オルセーに先に行こう。
オランジュリーはそこまで大きくなさそうだし、場所もだいたい確認できたから、明日の合間にでもさっと入ることにしよう。


そう決めて歩き出そうとした瞬間だった。

いつの間に側にいたのか、1人のムシューに声を掛けられた。
シルバーヘアーで、70代くらいだろうか。
正直、異国の人の年齢なんて、さっぱりと見当がつかない。


私に向かって「君、日本人?日本から来たの?」と言った、気がする。
はっきりとは聞き取れなかったし、フランス語で話し掛けられたのか英語で話し掛けられたのかも、もうよく覚えていないけれど、
「日本から来たの?旅行で来たの?」
「写真、撮ってあげるよ!」
と言った。おそらく。


私はというと、先生から言われたこと、、、
【一人旅の注意点】を思い出していた。


-写真を頼むときは相手をよく選んで。
1人でいる人にカメラを渡すと、そのまま持って逃げられることもあるからね!同じ観光客や家族連れに頼むようにね。


写真を撮ってあげるよ!と言うこのムシューは、1人でここに立っている。
さっきから、近くに奥さんや家族らしき人がいないか精一杯に目線を動かし探しているが、いっこうに現れる気配はない。家族どころか周囲には誰もいやしない。すぐそこの公園にはたくさんの人がいるが、憩いの時間を過ごしている彼らからは私たちの姿は目に入っていないかもしれない。

つまり、これは、けっこうヤバイ状況??え、キケン?!
どうしよう…?!
断った方がいいのかな…?!というよりその前に、逃げるべき?!


断れる程の語彙力もなければ、突っぱねる度胸もなく、走り去って逃げるスタートダッシュの脚力にも自信のなかった私の手から、ムシューはカメラを取り上げた。そしてレンズを構えた。

私は一応の笑顔を向けながらも、ムシューの手からは絶対に目を離さなかった。

コートの内側に隠すかもしれない。そしたら、どうしよう。どうやって抗議する?!

密かにそんなことに頭を働かせていた私に、ムシューは思いも寄らないことを言った。

「僕のことも撮って!」

そして私が立っていた場所に替わって立ち、グーサインをした。

え?なにこれ?どういうつもり?

よく分からないまま状況に気圧けおされ、得体の知れないムシューを写真に納めた。ムシューは「撮ったのを見せて」と言い、デジカメの液晶画面に映った自分を見ると満足気に頷いた。

私は、カメラをもう絶対に渡さまいと、しっかりと握り締めていた。


そんな警戒モードをよそに、ムシューは「なまえ、なんて言うの?」と訊いてきた。おずおずと「かおり」と答えたのを聞くと「カロリ!カロリー!」と言いながら、ぎゅー!!とハグしてきて、ぶちゅ!ぶちゅっ!ぶちゅー!とほっぺに3回キスをした。


「かおり」っていう発音は、こっちではないのかなぁ、しづらいのかなぁ
「O」と「R」か「L」かの発音が合わさることで「カロリ」って発音になるのかなぁ


されるがままになりながらも冷静に「自分はいま『カロリ』という女の子だと認識されている」ということに思いを馳せ、そして「この時間はいつまで続くのだろう」と考えていた。


そんな思考をよそに今度は私の腕に自分の腕を絡ませてきて
「ガイドしてあげるよ!」と言った(たぶん)。


並んで歩きながら、
あっちはセーヌ川 あっちはエッフェル塔 と指さして、
どっちに行きたい? もう観たの? と。
セーヌ キレイ と日本語もまじえながらに。


そういえば昨日も、ルーヴル美術館の前で疲れて座っていたところにフランス人のおじさんが話しかけてきて、
「自分は日本で働いていたんだよ」
「どこから来たの?Tokyo?Osaka?Nagoya?」なんて聞かれた。
From Akita!なんて言ったところで分かるはずもないだろうな、、場所や風土を説明できる話力もないしな。。と曖昧に返事をしてしまったが、最後には「楽しんでいってね!」と手を振って、感じ良く去っていったっけ。。。


いま、がっちりと腕を組んで歩いているこのムシューも「ただの日本人観光客好き」なのかもしれない。本当に、ただ単に。。


そう思いながらも、いやいやでも!と「この流れ」を断ち切ることに私は決めた。良心はちょっと傷むけれど、あとで万が一大事おおごとになってからでは済まされない。私は一人で Paris に来て、一人で責任もって秋田に帰らなければならないのだから!


どうやって「この腕」から抜け出そうか?!と考え始めた私の目に西洋建築の入り口らしきものが入り込んできた。


そうか!これ(この建物)はもう『オランジュリー美術館』なんだ!
じゃあ、『オランジュリー美術館』に入る(逃げ込む)ことにしよう!!
オルセー美術館はまた明日にでも回して!とりあえず今は、このムシューから離れないと!!


私はカタコトの言葉で(もうフランス語も英語も日本語も関係ないわ!)、
「わたし、ここ(オランジュリー)に入る!!」
「ここ見たかったの!!」と懸命に伝えた。

オルセーに行こうとしていたことは決して言うまい。
オランジュリーに対しても嘘をついているような、なんだか申し訳ない気分にはなるが。。。


急に「ここが見たい!!」と言い出した私にムシューは、
ここ?ここは小さいよ。
ルーヴルもっと大きいよ!あっちにあるよ!と勧めてくる。
オランジュリー チイサイ ルーヴル オオキイ とまたも日本語をまじえながらに。

私は負けじと「ルーヴルはもう観たの!」と返す。(観たうちに入らないくらい終始迷子みたいなもんだったけど、そんなん知るか!!)


ムシューは少し残念そうに、そうかい。といった感じで
じゃあ、入り口まで案内してあげるよ。と言った。

私はここで初めて、目の前に見えるそれは入り口じゃなかったのか?!と知った。(いや、まだこの段階では半信半疑だった。)

入り口はこっちだよ、と言いながら、この敷地内から連れ出そうとしているんじゃないか?!
やっぱりセーヌ川を見ようよとか言ってセーヌ川に出て、そこから今度は船に乗せて郊外まで連れていく気なんじゃないか?!


そうこうびくびく考えているうちに、開けた場所に出た。

「入り口だよ」

オランジュリー美術館の正面らしかった。

「オランジュリーをバックにして撮ってあげるよ!」

またもカメラをもぎ取って、ムシューは私にレンズを向けた。

私はカメラから視線を離さない。
(さっきのデジャヴか?!てゆーか2回もカメラ取られてんじゃないよ自分!)
それに加えて、美術館の中までついてきたらどうしよう!?そうなったら、どうやって巻いて逃げたらいいんだ!?という心配までも出てきた。


私の続・警戒モードとは無関係に、ムシューはまたしても
「僕のことも撮って!」と言ってきた。

もう、ほんとなんなの?!この人!

なんだか可笑しくなってきて、でも、本当に中までついてきたらどうしよう?!という不安も健在しながら、私はシャッターを切った。


撮り終えるとムシューは、入場口に向かう列に「ここに並ぶんだよ」と私を並ばせ、「じゃあね!」と言った。


正確に云うと、
「じゃあ、さようなら!」と言ったのか
「じゃあ、君が観終わるまでこの辺で待っているね!」と言ったのか、
私には分からなかった。だから中に入ってもしばらくは心配でどきどきしていた。



館内は、こじんまりとして、それでいて抜けるような明るさと広がりの感じられる、とても落ち着く空間だった。


上から降りてくる光と共に包まれるモネの『睡蓮の間』。 

ルノワール セザンヌ マティス  
それまで、名前ならどこかで、、、くらいの認識しかなかった画家たちの作品が静かに並ぶ地下の展示室。

ユトリロ
ピカソ
ピカソじゃない人が描いた「ぐにゃぐにゃした絵」も面白かった。


細かいことはよく分からない。だけど、どうやら
この美術館オランジュリー』は『とても私好み』らしかった。


ここに入ることにして、よかった。そう思った。


オランジュリーは明日にして、先にオルセーに行っておこう。
そう決めた通りに歩き出していたとしても、私のことだから、オルセーまでの道のりでまた迷ったり足が痛くなったりして、結局「オルセーも明日また頑張って行くことにしよう」としていたかもしれない。

そうしたらますますオランジュリーのことは「合間に」「来れたら来よう」「観れたら観よう」としたかもしれない。

そして、そんな程度の気持ちでいたら、ここには入れていなかっただろう。
この空間に、ここの作品たちに、出会うことはなかっただろう。


すっかりオランジュリーで寛いだ気持ちになった私は出口を前にして再び
「そうだ!さっきのムシュー、まさか本当に外で待ってるなんてことないよね?!」と警戒モードに切り替えたものの、それは要らぬ用心だった。



その向こうで何を知るとも分からずに入場口ゲートをくぐったきっかけが、ムシューのナンパから逃げる為の口実だったのだから、偶然の縁たまたまというのは本当に面白いもの。「目の前に見えてきたもの」は後回しとせずに、とにかく足を踏み入れてみるべきなのかもしれない。



あの日のムシューへ
まだ見ぬ世界の入口脇で、思わぬ誘いをありがとう。





どこ向いてるの?
こっちだよ!



向こうにはエッフェル塔
チュイルリー公園にて




◇ ◇ ◇

2020年春に下書きしていたものを追記・修正し、ようやく公開ボタンを押せました。
久~しぶりのエッセイnote ♡^^♡


ちなみに。
『オルセー美術館』は結局この旅行では行けませんでした。
次にパリを訪れた際には、ぜひとも行ってみたいです。


これからパリを訪ねる方の旅行が素敵な出逢いに溢れていますように…♡






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