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極彩色のこの世界で、私たちは生きるしかないんだ。

ある日のプロローグ

プレゼンに必要な本を借りるために、ふらりと立ち寄った大学近くの古びた図書館。

「あそこは小学生とおじいちゃんおばあちゃんのための図書館だからあまり期待しない方がいいよ」

と友人が言ったその場所はなるほど、たしかにこじんまりとした地域の人のための図書館だった。手書きの本の分類表。無駄に達筆な「としょかんではしずかにしましょう」「ほんは10さつまでかりれます」の文字。優しそうな笑顔の司書さんが使うパソコンは令和の時代に逆行するような分厚さで、キーボードも茶ばんでいた。カタン、カタン。新しく私を利用者として登録するために叩かれるキーボードの音はとてもゆっくり。ごめんねおばさん。私の名前の漢字、なかなか変換で出てこないよね。

初めて来たのに、初めて来た気がしなかった。小学生の時、休み時間になる度に直行した図書室。中学生の時に部活の友達と勉強したけれど全く捗らなかった公民館の中にある図書館の分室。思い出の場所にそっくりだったから。

涙が出そうになった。小さな読書家だった自分が確かにそこにいたんだ。

吸い寄せられるように児童書の棚に向かう。はやみねかおる、星新一、あさのあつこ…(敬称略)作者の文字が浮かんで踊る。

なんだかご無沙汰だね。そう心の中で本達に挨拶をしながら本棚を目でさらっていく。あの本はあるだろうか。

あった、一際目立つ真っ黄色なカバー。

森絵都 「カラフル」

気づいた時には私はプレゼン用の本とともにその黄色い本を自分のバックに入れていた。

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(Re)²ading

この本をを初めて読んだのはいつだったか。確か中学生の時だった気がする。

何年も前に読んだ本を、きちんと言葉を丁寧に消化しながら読み返したのは、初めてだった。

「おめでとうございます!あなたは抽選にあたりました!」

天使のプラプラに突然そう言われた「ぼく」。前世に犯した罪によって外れてしまった輪廻転生のサイクルに戻るため、自殺を図った小林真にホームステイすることになった。真は絵が上手いことが唯一の取り柄の中学3年生。そんな彼を取り巻くのは利己的な父親、不倫した母親、意地悪な兄、売春をしている初恋の人、うるさいちび女…。真の過去に向き合いながら「ぼく」は自身が犯した過ちを探す。そして前世に犯した過ちに気付いた時、モノクロームだった世界はカラフルに色づくのだったー。

いじめ、自殺、不倫、売春ー児童文学らしからぬ重めのテーマ。希望まみれじゃない、人生はうまくいかないというリアルさ。リアルさが中学生の頃の私より強く響いたのは私が成長した証なのかも。お兄さんお姉さんだったのに年下になったキャラクターたちが紡ぎ出す言葉。その一つ一つが私の心をより強く揺さぶったんだ。

sugar girl

主人公、真の初恋の人のひろか。フワッとした雰囲気を持つ女の子、だけど実は彼女は売春をしている。

ぼくから売春を咎められた時、ひろかは悪びれずにこういう。

「きれいな服も、バックも指輪も、ひろかはほしいの。大人になってからほしいなんて思ったことないの。どうせひろかの体なんておばさんになったらもう価値なくなっちゃうんだし、価値なくなってからきれいなもの買ってもしょうがないもん。エプロンやババシャツの似合う年齢になったら、ひろかはおとなしく、エプロンやババシャツを着るよ」

何言ってるんだ!って成人した私は言わなきゃいけないのかもだけれど分かるなぁ…ってなっている自分もいる。中学生の時の自分はうわぁこの女…ってめちゃくちゃ引いてた気がする。だけどわっかるわ…ってなる側になるとは。20歳になってから肌質が変わったりして初めて衰えというものをリアルに感じるようになったからかな(笑)若い自分を全力で楽しんで謳歌したいよねっていう、一度しかない若さを使い切りたい気持ちはよくわかる。あ、もちろん売春はダメだし理解できないけど…。

too colorful

ある日、ぼくが美術室に行くと真の絵の前に誰かの人影があった。右手には黒い油絵具のチューブ。…人影は、ひろかだった。当然かなり動揺するぼく。でも、ひろかがあまりに暗い目をしていたから、何に対してだからわからない怒りや悪意をにじませた自分に怯えているのを感じたからぼくはこう言う。

「その絵、ひろかにやる、だからひろかの好きにしていいよ」

ひろかは怖いと言う、自分の中に残酷な自分と優しい自分がいること、きれいな物が好きなのにそれを時々壊したくなること。

「みんなそうだよ、いろんな絵の具を持っているんだ、きれいな色も、汚い色も」

ぼくはそう言ってひろかを宥める。…私は何色の絵の具を持っているのかな。そう考えて油断していたらぼくの心の中のモノローグの衝撃に吹っ飛ばされそうになった。

この世があまりにカラフルだから、ぼくらはいつも迷ってる。どれが本当の色だか分からなくて。どれが自分の色だか分からなくて。

全就活生、カラフルを読もう(真顔)。私達の苦しみにカラフルは寄り添ってくれる。…ちょっと大げさだったかな(笑)でもこの就活が始まって、「個性」を教えてください、あなたはどんな人間?と問いかけられることが本当に多くて、常に迷っていたから。自分の色の中のどの部分を抽出するのが正解なのか分からなかった。就活前からもそうだけど私も今、常に迷っている。

中学生の時はサラッと読み流してしまっていた気がする。きれいな表現だな〜くらいで。そんなに深刻に悩んでいなかったんだ、きっと。そして私は幼かったんだ。

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おまけのエピローグ

ガタン、ゴトン。

ハッと気づくともう最寄駅の一駅前。

就活、2次選考の帰り道。私はこの書評?感想?エッセイ?よく分からない文章の構成を練ると同時に今日の選考の反省会をしていた。

自分の得意分野、話せるテーマには偏りがあるからニュースをもっと満遍なく読むようにしよう。とか、電車の遅延をもっと考えて受付開始の10分前とかではなくて30分前くらいにはつくぐらいの気持ちでいよう。とか。

うーんちょっと同時に別のことを考えてたから少し疲れちゃったな。

ひろかじゃないけれど、就活に意欲がとってもわいてる時もあればそうでない日もある。人とすごく話したい日もあれば、誰とも話したくない日も。文章が書きたい日も、書きたくない日も。心がすごく強い日もあればすぐに逃げ出したくなる日もある。

ぼくはうなずいた。そう、ぼくはあの世界にいなければならない。(略)ときには目がくらむほどカラフルなあの世界。あの極彩色の渦にもどろう。あそこでみんなと一緒に色まみれになって生きていこう。たとえそれが何のためだかわからなくてもー。

真の心の中のモノローグに私は強く頷く。私も、どんなに辛くても、この世界にいなくては。目的を見失いそうになっても就活、頑張らなきゃ(笑)そう思えたんだ。

さぁ、就活頑張ろう。

中学生の時に表現が新鮮でお気に入りだった本は私のお守りになった。

この極彩色の世界で、生きるためのお守りに。



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(12月8日: 追記)

読んでくださりありがとうございます。想像以上に沢山の方に読んでいただき、私自身とても驚いているところです。このnoteを投稿した2日後に裏話兼編集後記のnoteも投稿しましたのでそちらも読んで頂けたらと思います、カラフル、読んでみてくださいね。



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