もう一度握って(下)
※学生時代に書いた作品を一部改訂しました。漆記事を初見のクリエイターさんは、そこまで長くないので、是非上巻から読んでいただけたら大変嬉しく思います。
私は帰り際に道場の前で足を止めた。月島光が一生懸命先輩から教わりながら稽古していた。
(……なにを迷っているんだ。剣道はもうやらないって決めたのに)
「あら、雪代さん?」不意に声をかけられ焦った。
また琴音先生と遭遇した。しかも今度はさっきと違って道場の前だ。先生も胴着に着替えていた。
(ヤバッ……まずい)
「まだ帰ってなかったの?」
「えぇ……まぁ」なんとも言えない声で答える。
「ふふっ……どう?見学していかない?」先生は微笑んでそう言った。
私は断ろうとしたが、ちょうど稽古が休憩に入り、月島光につかまった。
「あー、雪代さん、やっぱり剣道部に入るんだ!」
久しぶりに月島光と話した。相変わらず楽しそうな顔をしている。
「いや……別に…」今度は弱弱しい声で答える。
「雪代?…雪代って石館中の雪代響子?去年全中に出場した?」丸刈り頭の男子部員に指さされた。
「あー、知ってる知ってる。石館中って剣道部メッチャ厳しい中学でしょ?その中から去年全中に出たって人がいるって聞いたけど」剣道具の名札に宮本と書いてある。月島光がよく話してた先輩か。
なんだかんだで私は囲まれてしまった。もう振り向いて帰れる状況じゃなくなった。
「あたし、あいつに去年一回戦で負けたんっすよ!」と苦々しく言ったのは八神。やはり名札に名前が書いてある。剣道は名札があるので名前はすぐわかる。先輩らしい人とも仲良く話していた。
(……剣道部ってこんな雰囲気なの?)
たしかに稽古中は厳しそうだったが、休憩になると中学の時と違い、みんな雰囲気良く楽しそうだった。
琴音先生が静かに言い始めた。
「先生の友人が石館中に勤めているけど、剣道部は顧問の先生含めてあまり評判は良くないらしいわね…」
当時のクラスメイトも言っていた。「初心者歓迎でも剣道部だけは絶対入りたくない」「あの先生は嫌だ」「部員同士仲が悪い」などと言われてた。
「私も……先生に毎日怒られ、ちょっと上手なだけで先輩から悪く言われるし、負けたらみんなから責められるし、そして、勝つだけの剣道……」
そんな剣道は嫌になり、もうやりたくないと言いたかったが言えなかった。
「でもさ」月島光が言った。
「雪代さん、私と剣道の話していたときって、なんとなくいきいきしていたよ」満面の笑みでみんなに促した。
「先生も離れて見ていたけど、そう感じたわ。笑顔は見せなかったけど、剣道に対する思いは感じたわ」
なんとなく臭い台詞だけど、私は少し思い出してきた。厳しくもあったが、楽しくやっていた頃の剣道を。
「雪代さんは中学で剣道に対して疲れてしまったのね。少し休息が必要だった。けれど、休息を得てしばらくした今、また剣道のことを思い出してきたんじゃないの」
琴音先生は語り掛けに話してくれた。私は剣道を二度とやらないと言ったが、心底嫌いになったわけではないのかもしれない。もしかしたらここで、総武学園で月島光や他の部員と一緒に琴音先生の元で剣道を教わりたいのかもしれない。そんな思いが沸々と湧いてきている。
「今すぐに結論を出さなくてもいいわ、剣道部は週6で活動しているし、稽古も厳しいから。けど、総武学園は勝つだけの剣道は教えていないから、そこだけは覚えておいてね」
小さく頷き、琴音先生の言葉を最後に私は道場の前を去った。
〇
それから3日経って私は答えを出した。その日の放課後。
「ほらー、1年生構えが崩れてきているぞー、上級生はちゃんと教えてあげるように。はい、全体でもう一回」琴音先生が声を張り上げて指導する。
道場にピシッパシッと音が鳴り響く。音が鳴りやんで私は剣道具と竹刀袋を持って、道場の入り口に立った。
「あら、その恰好は決めたのね」
「…はい」
(もう半年以上、剣道はやっていない。正直、不安のほうが大きい。…でもやっぱり剣道は好きだからまたやりたい)
「1年3組、雪代響子です。よろしくお願いします」お腹の底から声を出し、自己紹介も兼ねて道場の前で一礼する。
「よろしくー」と返した男女の声、女子の戦力アップだと喜ぶ月島光。なにより剣道具の面越しでもわかる仲間の笑顔に嬉しく思った。
様々な思いを胸に、私は竹刀をもう一度握って、総武学園の剣道部員となった。
(了)
上巻よりここまで読んでいただいたクリエイターの皆さんありがとうございました。
私は幼少より剣道を習い、高校では弱小高校ではありましたが、剣道一色の生活を送っていました。勝ち進んでも都大会ではベスト32、1つの基準でもあるベスト16にどう勝ち進んでいくかを毎回仲間と試行錯誤していました。
そんな思いもあってか、私が大学時には後輩たちはベスト16の常連校まで剣道部を押し上げ、一時はベスト4も狙えるほど力をつけ当時の私は鼻が高かった覚えがあります。
しかし、昨今のコロナウイルスや私の甲状腺障害の持病、なにより仕事が多忙でいつしか剣道のこともおざなりになり、現役当時、顧問の先生より教わった生涯剣道を続けることを願う、の有言実行ができず、そんな中このnoteに出会い、大学時に書いていた剣道小説を思い出しました。
今の私はなかなか剣道を再開することができないので、このもう一度握ってに登場した雪代響子、月島光、琴音先生、その他ちょっとでも登場したキャラクターに私の剣道の想いも込めて、今後また別の角度や続きの話、はたまた剣道全体のことを再び言葉(note)にして自身も学びなおしていきたいと考えました。
また、剣道のことだけでなく、noteより文章や表現、演じ方など、学ぶことはたくさんあり、今度はやはり学生時代に書いた、違ったジャンルの小説を編集していきたいと思ってます。
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