見出し画像

『理性の限界』<斬新なコミュニケーション・スタイル>!

『週刊読書人』

『週刊読書人』は1958年に誕生した書評専門新聞である。その目的は「日本全国に約3000社ある出版社からは、年間約8万点もの新刊が日々出されています。そんな本の大海原で迷っている人にとっての道しるべとなるよう、選りすぐりの良書をお届けすること」だという。

毎週、この新聞が大学の研究室に届けられているのだが、評判のベストセラーから一般にはとても取り上げられないような専門書まで幅広く紹介されていて、いわゆる「玄人好み」のとても楽しい新聞である。ネットで検索してみたら、ウェブサイトも誕生していた。

ちょうど研究室のコンピュータで『理性の限界』を執筆していた当時のファイルを確認していたら、『週刊読書人』2009年1月9日号に寄稿した原稿が出てきた。もともとは「私のモチーフ」というタイトルで執筆依頼が来たもので、「斬新なコミュニケーション・スタイル」という副題は編集部が付けてくれたものである。

「週刊読書人ウェブ」では、2011年以降のバックナンバーを読めるのだが、私の寄稿はそれ以前なので残念ながら読めない。そこで、以下にその全文を紹介しよう。

『理性の限界』<斬新なコミュニケーション・スタイル>(『週刊読書人』2009年1月9日号)

 本書成立のいきさつは、1999年に『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)が発行された当時に遡る。ようやく8年かけて脱稿した直後、編集者の上田哲之氏と祝杯をあげているうちに、ゲーデルの不完全性定理から、ハイゼンベルクの不確定性原理、アロウの不可能性定理へと、20世紀に人類の到達した限界論に話が広がり、「おもしろい! 次はそれを出しましょう」と言われて、『理性の限界』という題名の本を書くことに決まったのである。
 ところが、実際に書き始めて困ったのは、それぞれが社会科学・自然科学・形式科学の限界に関わる最高峰の定理であり、そもそもこれらが何を意味するのかを示すために必要な基礎概念を初歩から解説するだけでも、新書3冊分の分量になってしまうことだった。
 しかも、これらの定理には深遠な奥行きがあって、さまざまな解釈の可能性や、その後の研究の進展などに触れようとすると、さらに際限がない。書きたい内容は膨れ上がる一方となり、やはりこれらを新書1冊にまとめるという発想は無謀すぎたと後悔した。
 ついには企画そのものを断念しかけたのだが、「あくまで3冊分のテーマを1冊でやることに意義がある。絶対に没にしないように」という上田氏の叱咤激励のおかげで、ギリギリのところで放棄せずに書き上げることができたのである。ただし、当初の約束から、またしても8年が過ぎてしまったのだが……。
 それにしても、どうすれば3冊分の内容を1冊に凝縮できるか。試行錯誤を繰り返した結果、最終的に辿り着いたのは、まったくの初心者と多彩な分野の専門家が入り乱れてシンポジウムでコミュニケーションするというスタイルだった。
 たとえば何かを選択するという行為について、大学生の基礎的な質問に国際政治学者が答えると、会社員が実社会の具体例を提示し、カント主義者が脱線したり運動選手が混ぜ返したりしているうちに、数理経済学者がまとめて民主主義の不可能性を説明しているという具合である。
 実は、現実の日常生活のコミュニケーションにおいても、現象の説明にすでに定義が含まれていたり、批判や感想が順不同で入り乱れていたりするのが普通だが、それでも論旨は明快に理解できる。このようなジャズ的会話をテンポよく進めれば、思った以上に多量の情報を盛り込める上、読者の知的好奇心を刺激しながら、驚きや感動も表現できることが分かった。
 というわけで、本書の登場人物は、あくまで議論の進展に都合がよいように生み出した架空の人物像にすぎない。ところが、某教授から夜中に酔声で電話が掛かってきて、「あのカント主義者というのは、まさか僕のことではないだろうね?」と聞かれたのには驚いたが……。
 とはいえ、不思議なことに、書き進めていくうちに登場人物が勝手に個性を発揮し始めたことも事実である。現在の彼らは、『理性の限界』で議論し尽くすことのできなかった『知性の限界』について、再びディスカッションを開始した模様である。またいつか、その結末を上梓できれば幸いである。

#エッセイ #コラム #読書 #哲学 #考え方 #思考力 #推薦図書 #読書人 #高橋昌一郎 #理性の限界 #講談社現代新書 #アロー #不可能性定理 #ハイゼンベルク #不確定性原理 #ゲーデル #不完全性定理 #理性 #限界

この記事が参加している募集

推薦図書

Thank you very much for your understanding and cooperation !!!