見出し画像

最近読んだ本:BUTTER

柚木麻子さんの『BUTTER』を読みました(以下、ネタバレに近い内容があります)。

なんというか……自分の無意識の部分をまさぐられるような作品でした。女であること、男らしさ/女らしさの価値観、人への接し方、働き方、仕事観、家族観、子どもを持つこと、ルッキズム、食事の支度と食材への向き合い方――そういった、ふだんは気にもとめていない、あるいはそのふりをしてやり過ごしている断片について、「それって本当にそうなの?」「じゃあこれはどうなの?」と徹底的に掘り下げられるかのようでした。無意識を意識させられる居心地の悪さや痛みも感じましたが、それでも読む手を止められませんでした。読んでいる最中、知らない柔軟剤の香りが鼻先をかすめたように感じ、その香りをまとっている登場人物が同じ部屋のなかにいるのではというおかしな錯覚を覚えました。

サスペンスでもあり、ミステリーでもあり、ノンフィクションのようでもありました。前知識なしで読み始めたのに、現実に起きたある殺人事件の死刑囚が登場人物Kのモデルであることはすぐにわかりました。死刑囚の名前は思い出せませんでしたが、本書の「巨峰のような瞳」という描写によって、印象に残っていたその死刑囚の目元がはっきりと頭のなかに浮かびました。

事件の真相を追う主人公Mの目線で物語が進んでいったので、Kが実際に罪を犯したのか、真実はどうだったのかを知りたいという焦燥感にさいなまれながら半ばまでは読んでいましたが、本書は罪の有無を解明するだけの底の浅いミステリーではありませんでした。読んでいくうちに、「やった・やっていない」だけではこの本は終わらないんだと気づき、どのような形で終結するのかと疑問を抱え、たじろいだまま、物語にいざなわれていきました。

奇遇なことに、先日noteに感想を書いたジェーン・スーさんの『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』で取り上げられている人々と似たところのある「地に足のついた女性」の誕生を見届けて、本書は幕を引きました。

『闘いの庭』を読んだときにも感じましたが、地に足をつけるやり方は生きている人と同じ数だけあるのだと思います。Mは、料理を通じて自分の着地点とそこに通じる道を模索していました。

ふだん私が作る料理といえば、子どもが食べられるもの、短時間でできる手間のかからないもの、近所のスーパーで手軽に買える食材で作れるメニューが優先で、本書に出てくるKやMやRのように「食」と向き合うことはとてもできません。料理を、食材を、バターを、ここまで蠱惑的に描いた著者は、食べ物をどれほど見つめ、口に含み、咀嚼し、味わったのだろう……と思います。

読書記録のサイトで、「この本を読んで女性というものがわかったような気がした」という、おそらく男性読者の感想を見かけましたが、この本がむき出しにしたのは女性の内側だけではなく男性の内側でもあり、社会を覆っている「男はこう、女はこう」という規範の存在でもあったと思います。

本書はPMS期の殺伐とした心情になぜかマッチし、荒ぶる精神をまろやかになだめ溶かす乳製品のようでありました。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?