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ドイツ詩を訳してみる

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2019年9月の記事一覧

幸福でいることを誓い合おう(訳者あとがき)

幸福でいることを誓い合おう(訳者あとがき)

いつも運任せで翻訳している。
気になった詩に体当たりしてみて、日本語が浮かんでくるのを待つ。
それらしい形になったら出来上がり。ならなければお蔵入りになる。
一編仕上げるたびに、ぼくに訳せる作品はもう全部訳してしまったという感覚に陥る。
感性のどこかに引っかかる作品が見つかるまでこの無力感は続く。

 *

かつて学生合唱団に所属していたとき、ぼくは演奏会が面白くなかった。
演奏後にはたくさん拍手

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ゲオルゲ「高まりゆく年の中で、庭の香りは……」(ドイツ詩を訳してみる 19)

Stefan George, Es lacht in dem steigenden jahr dir (1895)

高まりゆく年の中で、庭の香りは
なおもほのかにあなたに笑いかけ、
風にたなびくあなたの髪に
木蔦と九蓋草を編み込む。

風にそよぐ種子は なおも黄金のようだ、
おそらく前ほど高く豊かではないけれど。
薔薇の花は なおも愛らしく挨拶してくれる、
その輝きもいくらか色あせてしまったけれ

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ミュラー「菩提樹」(ドイツ詩を訳してみる 18)

Wilhelm Müller, Der Lindenbaum (1823)

市門の前の泉のほとりに
一本の菩提樹がある。
その木陰で 僕は
たくさんの甘い夢を見た。

その木肌に 僕は
たくさんの愛の言葉を刻んだ。
喜びにつけ 悲しみにつけ
その木は僕を惹きつけた。

今日も心ならず真夜中をさまよい
僕は菩提樹のそばを通った。
あたりは真っ暗だったが
僕はじっと目を閉じた。

すると僕に呼びかけ

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グリューフィウス「重病の涙」(ドイツ詩を訳してみる 17)

Andreas Gryphius, Thränen in schwerer Kranckheit (1640)

自らの感覚すら分からず 溜め息をつきつき
昼も夜も泣き暮らす。 千の痛みに耐えつつ
さらなる千の痛みに怯え 心の強さは消え
精神はやつれ 両手はだらりと垂れる。

頰は青ざめ、 爛々たる目の輝きも
燃え尽きた蠟燭の火のように 失われた。
三月の海のように 魂には嵐が吹きすさぶ。
何なの

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ゲオルゲ「死に果てたという園に来て 見よ……」(ドイツ詩を訳してみる 16)

Stefan George, Komm in den totgesagten park und schau (1895)

死に果てたという園に来て 見よ、
遠くの水辺はにこやかに輝き
真っ白な雲からは思いがけなく青がのぞき
池や 色づいた小道を明るく照らしている。

あの深い黄色や 柔らかい灰色を
白樺やつげの木から摘み取れ、風は暖かい、
遅咲きの薔薇はまだしおれきってはいない、
選りすぐり 口

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よみ人知らず「あなたはわたしのもの わたしはあなたのもの……」(ドイツ詩を訳してみる 15)

Anonym (c. 1180)

あなたはわたしのもの わたしはあなたのもの
それはあなたも分かっているはず。
わたしの心のなかに
あなたは閉じ込められて
鍵はどこかへいってしまった。
あなたはいつまでも わたしの心のなか。

(植田重雄の訳を参考にした。)

Dû bist mîn, ich bin dîn.
des solt dû gewis sîn.
dû bist beslozzen
i

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ゲーテ「さすらい人の夜の歌」(ドイツ詩を訳してみる 14)

Johann Wolfgang von Goethe, Wandrers Nachtlied (1780)

ゲーテの代表作ともいわれる短い詩で、日本語訳も数え切れないほどあります。主なものはこちらで読むことができますが、比べてみると、みんな先輩の訳の強い影響下で訳したんだろうなというのがはっきりと感じられます。

ぼくも既訳の引力と格闘しながら(その跡はいつにない五音・七音の多さとして残っていま

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