見出し画像

【ショートショート】 河辺のふたり

「ねえ」

 沈黙を破ったのは、やはりミオだった。

「冬のすきなもの、挙げっこしようよ」
「…冬の好きなもの?」

 あまりに唐突で、聞き返してしまう。
「うん。私、石油ストーブが点いたときの匂いが冬っぽくてすきなんだよね」
「ふうん」

 石油ストーブが身近にないから、そんな匂いはしばらく嗅いでないなと、コンクリートの階段に座り、剥げかけた赤いマニキュアを見ながら思う。

「後は…コンビニで買う肉まん」
「ふうん」
「あれ、のんちゃんきらいだっけ?」
「肉まんがあんまり好きじゃないだけ」
「じゃああんまんにしよう」

 何が「じゃあ」なのかわからないけれど、ミオが懸命に沈黙を回避しようとしていることは、よくわかった。

「はい、次のんちゃんの番」

 ミオは、私の気持ちを知ってか知らずか、はいどうぞと、手の動きで促してくる。気持ちは深く沈んだままだけれど、不器用なその優しさに、応えたい気持ちになる。

 私たちは、こんな風にして何度もこの川辺に座ってきた。

「…寒い日に、熱いくらいの缶の飲み物を買って、ポケットに入れるのは好きかな」
「あ、いいね」

 それでいうと、やっぱりココアかな。ミルクティーも捨てがたいか…なんて、ぶつぶつ言うミオの髪を、川沿いの少し強い風が巻き上げていく。

 前に来たときは、身をすくめるくらい寒かったのに、今日はもう随分とぬるい。冬は、気が付かないうちにどんどん時間の中に溶けていく。

 ふと足元を見ると、茶色だらけだった河川敷の草地に、じわじわ緑が増えていることに気がつく。

 ちらりとミオの顔を見る。
 強い風に目を伏せながら、すんと鼻をすする彼女は、風に吹き散らかされた髪の毛を直すこともなく、されるがままになっている。

 冬と春の境目が、ここにある。

「ねえ」
 私は何だか泣きそうになって、思わずその横顔に声をかける。

「なあに?」
「春になったら、どこかの公園に行ってピクニックしようよ」

 えー!のんちゃんがそんなこと言うなんて!と大袈裟に騒いで、けらけらと笑うミオにつられて、私もちょっと笑ってしまう。

「いいよ、最高。絶対行こうね」
「…うん、絶対ね」

 冬がフェードアウトしていく河川敷で、いつ叶うかわからない曖昧な「絶対」の言葉を交換する。

 春が来る。

 私たちは、明日高校を卒業する。それぞれ、別な人生の扉の前で、しゃがみ込んでいるような気持ちになる。

 春が来る。

 立ち上がるときは、すぐそこまで迫っている。

 お互い県外に行くという人生を選択し、ミオがひと足先に遠方へ引っ越す。そんな日の数日前。

 この日の川辺の匂いを、いまこの瞬間、目の前に広がっているこの景色を、私はきっとこれから何度も思い出すと思う。


(1095文字)


=自分用メモ=
本当はもう少し教訓めいたことを言わせようと思ったのだけれど、途中から登場人物に好きに話をさせてみたら、全く想定していなかった結末に落ち着いた。そんなこともある。

出会いと別れの季節。大抵の場合どうしても時期的に、先に「別れ」がくる。みんな不安で、みんな期待して、みんな緊張の中「川辺に座っている」。
それぞれ、良い春になれ。少しでも実り多くあれ、の祈りを込めて。

スキをぽちっとしていただけると、それだけで私は嬉しくなります。いつもありがとうございます。

感想等はこちらへ…!↓

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?