意識改革【質問編】

病院の先輩で、とても強く影響を受けた人がいる。名はマシュー。

私が研修医として初期臨床研修をしていた時、ちょうど一つ上の先輩として色々指導をしてくれたのがマシューだった。

彼は神経内科医だったのだが、私の初めての腰椎穿刺の指導をしてくれたのもマシューだった。腰椎穿刺はルンバールとも呼ばれれおり、背骨と背骨の間に針を刺して髄液という脳や脊髄の周りにある液を採取する検査だ。

様々な疾患に関して私の知識を確認し、不十分なところは指導してくれた。手技も色々教えてくれた。

頭脳明晰で人柄も素晴らしいマシューに、実に沢山のことを教わった。

マシューは知識も豊富だが、分からなかったり、興味を持ったことであれば結構なんでも質問をした。私のことについても、色々質問してくれたことに感謝している。不思議に思った場合には、質問してくれた方が、私からその疑問を解消する説明が伝えられる。だから、質問はとてもありがたい。

私の拙い経験だが、偉大で頭が良く、知識が多い人ほど謙虚で質問を疎まない。質問を受けるのも積極的だし、質問をするのも積極的だ。

マシューの病院での指導からも、学習する姿勢からも実に沢山のことが学べた。

ある時、私はその研修していた病院に入院してしまった。

その際、夜にマシューが見回りに来てくれた時に私はまだ起きていた。ベタなフィクションだと、こういう場面では大体恋愛に発展するが、全くそのようなことはなかった。

あくまでも、仲間って感じだったからね。

ま、その時に将来どの分野に進みたいかを聞かれた私は、小児科だと答えた。そして色々話した後で、Natureなどのビッグジャーナル(有名雑誌)にも沢山の文献を出している小児神経内科医の名前とメールアドレスを教えてくれた。

なんと優しい。

その時、私はきっと、本当に彼の元で研修ができるか不安そうな発言をしたのだろう。

マシューは「とにかく、聞いてみるだけ聞いてみたら?」と言ってくれた。

続いて彼が発した言葉を、今でも鮮明に覚えている。「聞いてNOだったら、聞く前に戻るだけじゃない。」

元々、わりと発言の多い私だったが、彼のこの言葉は私の人生を大きく変えることとなった。

どう変えたって?

先ず一つは、主治医の血液内科の先生への発言を変えた。紆余曲折あり、私は希少疾患の治療のために抗がん剤治療を受けることになった。

この希少疾患というのは、免疫が侵される病気だ。

過去には、この病気で人工呼吸器装着に至っている。それも、一度ではなく何度もね。要は、何度も生死を彷徨ったということになる。

今回の再発では、標準療法は全て試したが、もう抗がん剤以外に手立てがなくなってしまったのだ。実に様々な治療により、人工呼吸器装着は回避できていたが、研修をしていた頃の状態からは程遠い病状だった。

この時用いた薬剤は、エンドキサンという第二次世界大戦中に化学兵器として用いられていたナイトロジェンマスタード由来の薬剤だ。

一体誰なんだろうね、化学兵器を静脈に注射してがんを治療しようとした人は。時に、狂気の沙汰が、後に人類を救う発見に繋がる時がある。

初回投与は大学病院で行った。正直、副作用のコントロールは良くなかった。吐き気も強かった。夜通し吐いていたのを良く覚えている。(実は、様々な吐き気どめが開発されており、上手くやれば副作用はほぼ眠いだけで、嘔吐や嘔気は回避できることも増えている。初回投与以外は、大体ただ眠いだけで嘔気や嘔吐もバッチリコントロールされていた。)

そうそう。以前小児期に別の抗がん剤治療をしたこともあったっけ。その当時、その病院で初症例になってしまった。病院始まって以来の重篤な白血球の減少に見舞われてしまったのだ。要するに、免疫力が極端に抑え込まれてしまったのだ。

今回の抗がん剤投与自体は入院で行われた後、経過観察は外来になった。(ここでは普通の流れだ。)次の採血は10日後。過去の抗がん剤治療による副作用が異常に重かったことを伝え、せめて7日後に採血をお願いしたが、10日後の一点張り。

ここで、マシューの教えが命を救ってくれた。「とにかく聞いてみたら?」聞きさえすれば、道が開けることは結構ある。

しょうがないので、私立病院の先生の外来に予約を取り、自費での採血をお願いした。サクッと採血が行われた。好中球という細菌などをやっつける白血球は500を大きく下回っていた。500以下は免疫力が顕著に低下しており、感染のリスクが高い状態だ。

やっぱりね。

なんでだろう。白血球が異常に下がりやすい体質のようだ。

そこの私立の血液内科の先生は、半ばキレ気味に、だから抗がん剤を使い慣れていない医師が使うと! と言いながら、好中球を上げる薬(GCSF=グラン)を処方してくれた。

システムが違ったので、それを自宅で毎日自己注射した。

幸い、重症感染症を合併する前に早期発見早期治療をできたので、ただ白血球(の中の好中球)を上げる薬を数日間打ち続けるだけで、問題なく切り抜けられた。

本当に「とにかく聞いてみる」ってのは、物凄く大切ね。聞かれた方も気にしないことは多いし、場合によっては聞いたことに感謝すらする。聞く側も、道が開かれて、命すら救われる場合がある。

そして、質問をするデメリットは、一時勇気を振り絞らなければいけないことだけだろうか? 誰にも不利益はないだろう。

この血液内科医との出会いとその後も臆さず質問をすることで、後の人生は大きく変わることとなった。

それは次回のお楽しみ。

質問って、本当に素晴らしいものだよね。

今を大切に生きよう!!

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