結局は他人。私は私。あなたはあなた。更に人間力を高める私。

昨日の休み、私は久しぶりに母親と電話した。私の中で時間に余裕が出来たことと、個人的に母に相談してみようと思った事があったからだ。私の日常が、だんだんと確実に主婦に近くなっており、何十年も主婦業をこなしてきている母は偉大だと感じることが、以前よりも更に増している。そんな母親を尊敬する気持ちが故に、最近私の身に起きている小さな疑問を解消するために、母を頼ってみようと思った。ところが、話を進めていくと互いの意見が異なった。私の聞き方が明確じゃなかったのかもって思う部分もある。また、母の『何でも自己否定的&ネガティブな思考と発言』に対して、私は、どうしても『肯定的&ポジティブマインドに繋がる持論や実体験』を話したくなる。ブログでも同じように、私の話はきっと、エピソードトークみたいなのが多いんだよね。だから、相手によっては確信的な話までにも道のりが長い。そんな途中の話の中でも考え方が異なったので、私は私の考えを主張し、母は母の考え主張をした。ただ、どちらも互いの考え方を譲らなかった。そんな話の終盤で言われた母の一言に、私はどうしても納得出来なかった。「あんたと話してると疲れる。なんでそんなにひねくれてるの。そんなんじゃなくて、女の子なんだから互いの話に共感し合いたいのに。」と。そう言われたものの、とりあえず深堀りしないで電話を切った。

しかし私は、その一言に対してしばらく腑に落とすことが出来なかった。このままでは自分を見失いそうな気がして元気な友達を頼った。すると、やっぱりその彼女は、私が腑に落ちない理由を理解した。私の言い分にも共感した。ただ1つ学んだのは、彼女がもし同じような立場になった時の反応の仕方だ。私は、以前からも何度かブログで、『言いたいことが言えないようなよそよそしい関係は嫌だ。思った事を互いにストレートに言い合える関係を望む』と散々発信してきている。その為か、そんな私の思考には、相手の言い分に納得出来なくても『あえて共感して流す』だとか、『自分の言葉で濁した反応をする』だなんてことをしなくなっていた。今回の出来事に対して自ら友達に相談したことで、『自分に足りない所に気づいて認める』ことが出来た。また、私が私の思考回路で腑に落ちたきっかけは、タイトルにもある通り『結局は他人。私は私。あなたはあなた。更に人間力を高める私。』だと再認識したから。【人間力を高める】とは、あくまでこれは私の持論ではあるが、『どんなに受け入れ難い相手でも現実でも、必ず受け入れて乗り越える人間が存在する!』という考え方。そんな思考回路を持ち合わせると、『自分がどんなに納得出来なくて悩むよりも、必ず楽になれること』を度々実感してきている。今回だってそう。『私にはなかなか出来ないことが、意識的に出来る友達』が実際に存在するのだ。だから私は、その【友達から学んだこと】を【自分の新たな価値観】として自分のものにしたいと思う。

そして、結局の所は、母との関係おいて『再び同じ事を繰り返しなくないと思うのは私』だし、『出来るなら互いに楽しい時間にしたいのも私』なのだ。そして、『その為に自分の変化が必要』ならば、『相手に合わせた自分でも満足』だと【自分なりに納得】出来る。昨日までの私は、自分の中での納得が不十分だったのが正直なところ。しかし、1日経った今の私は、『今後の私の反応を変えるきっかけになった』とありがたく思う。何故ならば、どこまで行っても結局、【私とは違う全く別の人間】なのだ。それが、親であろうが兄妹であろうが、友達であろうが、会社の人であろうが。また他にも、自分にとって都合が良い人だろうが悪い人だろうが。なんて事もきっと関係無い。つまりは【出会う人の分だけ私の経験と財産】なのだ。私は、そんな『貴重な経験と財産を自分の成長へと繋げたい』と改めて思ったのである。

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