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子どもから学んだ方がいいかも

2023年4月27日 晴れ

こちらは昨日と打って変わって快晴。雨が降ってるのも楽しいけど、やはり晴れている方が気持ちがいいよ、子どもたち。君たちもそう思うだろう?

さて、昨夜で、『教育の力』を読了。なぜこの本に手を出したのか。まず、装丁が、先日私がヒジョーに感銘を受けた、『生物と無生物のあいだ』と同じで、注意を惹きつけられた上に、タイトルが『教育の力』と、ヒジョーに力強かったこと、そして、苫野一徳さんのお名前はどこかでお見かけしたことがあったので、読んでみよー、と相成りました。

「ゆとり」か「詰め込み」かなど、教育を巡る議論には様々な対立と齟齬が渦巻いています。こうした混乱を越え、どうすれば〈よい〉教育を作ることができるのか。〈よい〉教育のためにはどのような学校がいいのか? そのための教師の資質とは? 本書は義務教育を中心にどのような教育が本当に〈よい〉と言えるのか、それはどのようにすれば実現できるのかを原理的に解明し、その上で、その実現への筋道を具体的に示してゆきます。

講談社より

教育とは何か?筆者も、この問いを、ひどく難しい問いと認めた上で、それでもなお、たしかに教育とはこのような営みだし、このような教育なら『よい』と言えるなと、誰もができるだけ深く納得できる“答え”は見出せるのではないか、というところから、本書は始まります。

そして、教育の本質について、筆者は、繰り返しこう述べていました。『全ての子どもたちに<自由の相互承認>の感度を育むことを土台に、<自由>になれるための<教養=力能>を育むこと』と。

このことにつねに立ち返ることさえできれば、この本質を達成するためにどうすればいいのか、子どもたちや彼らを取り巻くさまざまな状況に応じて、いつの時代においても、柔軟に、力強く、教育のあり方を考え合っていくことができるはずだと。

では、具体的に学校教育はどう変わっていけばいいのか、ということが論じられているわけですが、読んでいて私が、心から思ったのは、教育者もそうかもしれないけど、親が変わらなければいけないよなぁ、ということでした。

先日の保育園の説明会での保護者からの質問でも感じたことですが、どうも保護者は教育を他責にしますよね。しっかりやってくださいよ。私はおたくにお任せしてるんですよ。と言わんばかりに聞こえます。

教育者と同様、親も学ぶべきかと。無知の知ですよ。私は、何も知らない自分が恥ずかしいですよ。でもそのことに気がつけたことはありがたいことと思ってますよ。そう思うと、少しでも勉強しなきゃと思うわけだし、そうすると、先日の保護者のように上から目線で物事を言うことなど、考えられないことになると思うんですよ。

でもね、先日、長女に言われたんですよ。先日の保育園の説明会での出来事を、じぃじばぁばに、こんな保護者がいてさぁ、それは違うと思ってさぁ、なんていうように、その保護者を責めるような話をしていたら、「そう言っているパパも同じだよ。」と。

ほんとその通り。
すみません。
子どもは本質的ですよ。
みんな子どもから学んだ方がいいかもしれないですね。

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