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『潮時』


渓谷沿いの林道をひたすら走る

斜面はなかなか急だから

軽トラックで男二人

積荷も含めると重さでいえば三人相当

なかなか登坂はキツイ

俺はアクセルを思いきり踏み込む


鬱蒼とした道が途切れ

視界がひらけたところで

道幅は広がって


麓からずっと我々の後ろをついてきた

白いセダンが追い抜いていく


見晴らし台に軽トラを停めて

妻のおにぎりをほおばる

友人にもふたつ差し出す


「予報じゃ暗くなる前に降ってくるらしいから」

朝も同じことを聞いた

俺も天気予報はチェックしていたし

長居をするつもりはない


見晴らし台のある山頂からいったん下ったところに

老人の邸宅はあった

古く

またさほど広くはないものの

きちんと外装や庭木は手入れされていた


「ごめんください、お届けにあがりました」

このためだけに雇ったといっていいくらい

友人の声は響く


のっそりと

腰が曲がってはいるが身なりの整った老人が

土間に姿を見せる


R氏というその老人はかつて

名うての猟師だったという

熊撃ちを専門としていたようだ


「いつも遠いところすみませんね、あぁ例によって車からは降ろさないで、裏の竹林にお願いします。目印に赤い紐がくくってある竹の辺りに頼みますよ」


俺と友人は指定された場所に

積荷を降ろした


かつては熊を狩り続けたR氏が

自身の老いとともに銃を置いたのち


熊が里に下りてこないで済むように

人間が被害にあわないように


冬眠から明けて腹をすかせた熊に

餌を用意しておこうと考えた末


「ご指定のところに置いておきましたので、失礼します」

「ご苦労さんでした、ゆっくりしていきますか」

「いえ雲行きが怪しいので、私たちはこれで」


冬眠明けの熊が最も喜ぶ

人肉を

俺たちは納品している


R宅を出て再び峠道に入ろうとした頃

行きに我々を追い抜いた白いセダンが

また後ろについてくるのを

俺はミラー越しに認めた


この稼業も限界かな

こんな鬱蒼とした山道で

"潮時"を見極めるなんて

皮肉なものだ









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