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生命を捨てるぐらいなら言葉を捨てろ(大熊玄編『はじめての大拙』を読んで)

「読みやすさのために内容を犠牲にしない」という編者の姿勢がにじみ出ている気がして、とっつきやすいのに深みのある本に仕上がってるなあと思った。

個人的には、特に後半になるにつれて気づきのある言葉が増えていった気がする。

137ページの「悲劇は人間にだけある」という言葉も、なんとなく分かっているつもりでいても、改めてハッとさせられるものがある。「動物の悲劇」も、結局は「人間が作り出した悲劇」である。そういう視点で今の自分のあり方を見つめ直せば、新しい方向性も見えてきそうだ。

自身の研究柄、大拙の時間論も興味深かった。時間の不可逆性を説明する時によく、熱力学第二法則(エントロピー増大の法則)が用いられるが、大拙が生命を例えて言った「ただ一度かぎりで描かねばならぬ墨絵」という言葉も、まさに時間の不可逆性を表現していて面白い。

「無限の中心を持つ円」という概念も、なんだか頭がクラクラするようで好きだ。僕はこれを見て、中世の神学者クザーヌスの「反対対立の一致」を思い出した。

これはキリスト教の神の存在を説明する概念なのだが、要するに無限の大きさの円環においては、直線と曲線の区別がなくなる。このように無限的存在である神から見れば、それぞれの差異を超えて全ては平等だ、というような話である。

「円」の捉え方の違いから、禅とキリスト教の違いを考えるのも面白そうだ。

でも僕が特に感銘を受けたのは、合間に挿入されている編者の言葉の中にあった次の文章。

「言葉や思考が『ふつうに生きること』を否定するとき、私たちは生命を捨てるのではなく、そんな言葉を捨てたほうがいい、と大拙は言います」(93ページ)

これは生きづらさを抱える多くの人を励ましてくれる言葉ではないだろうか。

言葉(思考)に縛られて、本来持っているはずの生命性を失ってしまうのは近代の病だが、大拙の言葉はまさにその処方箋のようである。それを引き出したのは編者の感性と問題意識で、今の時代にマッチした見事なコラボレーションだと思った。

多くの人に薦めたくなる面白い本である。


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