よろづ萩葉/万葉ちゃんねる草紙
古典にまつわる話を自由に語る記事の詰め合わせです。
古典にまつわる場所を訪れた感想や紹介をまとめています。
万葉ちゃんねるの古典解説をまとめています。
「やまと歌は人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」 先人もすなる短歌といふものを、僕もしてみむとて詠んでみます。
こんにちは! よろづの言の葉を愛する古典Vtuber、よろづ萩葉です。 今回お話しするのは「蜻蛉日記」。 大河ドラマ「光る君へ」にも登場して話題になっていますね。 蜻蛉日記とは一体どんな日記なのでしょうか? 蜻蛉日記の作者蜻蛉日記は平安時代中期に書かれた日記です。 作者は藤原道綱母。 右大将道綱母、とも呼ばれます。 時の権力者の息子で、順調に出世していた藤原兼家の妻です。 兼家との間に道綱を産んだので「道綱母」と呼ばれますが、本名はわかっていません。 大河ドラマ「光る君
こんにちは! よろづの言の葉を愛する古典Vtuber、よろづ萩葉です。 本日、北陸新幹線の金沢ー敦賀間が開業しましたね。 これによって東京からは乗り換えなしで福井まで行けるようになりました。 新幹線が新たに停まる駅に「越前たけふ駅」があります。 ここは金沢ー敦賀間で唯一の新駅です。 武生(たけふ)は紫式部が生涯で唯一、京都を離れて暮らしたことのある地なんです。 そんな福井県越前市に古典Vtuberの僕が行ってきました! 紫式部の生い立ち越前市の話の前に、まずは簡単に紫式
こんにちは! よろづの言の葉を愛する古典Vtuber、よろづ萩葉です。 今回は大河ドラマ「光る君へ」でその狂気さが話題になっている、花山天皇についてお話しします。 花山天皇といえば即位式でのとんでもないエピソードをはじめとして女性好きだと言われたり、イタズラ好きだったり子どもみたいだったり、 とにかくヤバい天皇だったというイメージが強いですよね。 史実でも本当にそんなにヤバいやつだったのか、いろんな古典文学を参考に花山天皇の人柄を探っていきたいと思います! 花山天皇とは
こんにちは! よろづの言の葉を愛する古典Vtuber、よろづ萩葉です。 今回は平安時代の歴史物語『大鏡』より、大河ドラマ「光る君へ」に登場する花山天皇が出家に追い込まれる場面を解説します。 内容の意訳次の天皇は、花山天皇という人でした。 彼は17歳のとき、永観二(西暦984)年に天皇になりました。 驚いたことに、寛和二(西暦986)年の夜、彼は誰にも言わずに19歳で退位し出家してしまいました。 天皇でいた期間はたったの2年。退位してから22年もご存命だったということです。
こんにちは! よろづの言の葉を愛する古典Vtuber、よろづ萩葉です。 今回は枕草子の内容と、書かれた理由についてお話しします。 概要と作者枕草子は平安時代中期にかな文字で書かれた随筆です。 世界最古の随筆とも言われています。 作者は平安時代を代表する女流作家の一人・清少納言。 本名は清原なぎ子であるーーという説もありますが、実際の名前は不明です。 確かなのは、清原家の娘であるということ。 清の文字は清原という苗字から来ているんです。 父親の清原元輔、曽祖父の清原深養父は
2024年2月3日は節分👹 節分の日にちは毎年変わります。 来年2025年の節分は2月2日になります。 そもそも「節分」とは何の日なのでしょうか? 節分は年に4回ある節分というのは「季節の変わり目」のことで、 立春、立夏、立秋、立冬の前日を節分といいます。 つまり節分は一年に4回あるんです。 2月の節分は、立春の前日。 立春は二十四節気の一つで、暦の上で春が始まる日です。2024年は2月4日になります。 なぜ豆をまくのか二十四節気では一年の始まりが立春とされているので
こんにちは! よろづの言の葉を愛する古典Vtuber、よろづ萩葉です。 今回は今年の大河ドラマの主人公、紫式部の生涯をお話しします。 紫式部の出自紫式部は平安時代中期の作家です。 正確には分かりませんが、970年頃に生まれたのではないかと言われています。 母親は幼い頃に他界。 姉もいましたが早くに亡くしています。 藤原惟規(のぶのり)という弟が1人います。(兄とする説もある) 父は藤原為時。漢学に秀でた学者です。 為時は家で惟規に漢詩を教えていましたが、 隣で聞いていた
こんにちは! よろづの言の葉を愛する古典Vtuber、よろづ萩葉です。 今回お話しするのは源氏物語。 名前はほとんどの方が聞いたことはあるかと思いますが、 その内容や、どんな状況下で書かれたものなのか、ということは あまり知られていないように思います。 そこで今回は、源氏物語とは一体どんなものなのか、そしてその作者や背景について、深掘りしていきたいと思います。 源氏物語の概要源氏物語は、平安時代中期に書かれた恋愛小説です。 作者は紫式部。 モデルとなった人や出来事はあります
こんにちは! よろづの言の葉を愛する古典Vtuber、よろづ萩葉です。 今回は僕の推し、清少納言の生涯をお話しします。 清少納言の出自清少納言は平安時代中期の作家です。 生まれた年は不明ですが、西暦966年頃ではないかと言われています。 父親は有名な歌人、清原元輔。 三十六歌仙の1人であり、 後撰和歌集の編纂を行なった「梨壺の五人」の1人でもあります。 百人一首の、 という和歌の作者です。 さらに曽祖父の清原深養父も有名な歌人で、 という和歌が百人一首に収録されてい
君想う私の心は網の上 温められて膨らんでゆく よろづ萩葉
しんしんと降る雪の中帰路につく ぐつぐつ煮えた鍋を楽しみに よろづ萩葉
年の瀬にふと気がつくと見つめてる 積み上げられた、みかんの山を 視線の先は蜜柑か、未完か…
霜月に暑い日差しを浴びながら 移っていいの?と戸惑うもみじ
秋の夜甘い香りにふと見上ぐ 姿見えずもそこに咲く花
詠いたい三十一文字の短き歌 飾らぬ思いを言葉に乗せて
こんにちは! ばーちゃる古典オタクのよろづ萩葉です。 今回は大鏡より「道長と伊周、弓争ひ(南の院の競射)」の内容を解説をします。 大鏡とは主に藤原道長の栄華について書かれた歴史物語。 道長の周辺の人々のことも詳しく書かれている。 道長の力を示す話が大鏡には数多く納められている。 背景道長の父・兼家はとても強い権力者だった。 あとを継いだのが、長男・道隆。 時の権力者の家の次期当主、という座は兄弟たちにとって喉から手が出るほど欲しいものだった。 道隆はもちろん、自身