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【エッセイ】恋

去年のクリスマス、第一子を出産した。

妊娠が発覚してすぐ、地元で評判の良い、A病院に電話をして、なんとか分娩予約を取り付けることに成功した。

しかし、毎回助成券を使っているのに無駄に会計が高いことが納得できず、A病院の高評価ばかりのクチコミを見ても、
「高いんだからこのくらいの評価は当たり前なのでは?」
という考えが浮かぶこともしばしばあった。
その他にも、先生がやたらと優しく、褒めてくることに対して、
「こうやって患者からのポイントを稼いでいるのではないか?」
という考えも浮かんできた。
更にはオンラインサロンやオンライン診療、毎回有無を言わさずに4Dエコー、YouTubeをやっていることなどから、
「最新のものを取り入れ過ぎていて何だか胡散臭い。」
といった考えも浮かんだ。
マタニティイベントや産後イベントの豊富さ、パンフレットの豪華さ、配布されるA病院と書かれたハンドバッグなども胡散臭さに拍車をかけた。
そしてなんと言っても院長が色黒のサーファー系なのが一番胡散臭いのである。
「大人しく私が産まれたようなチープな病院にしとくべきだったか?私としたことが判断を誤ったか?」
などと、A病院への疑いの眼差しは、外来に通院中のときには払拭されることはなかった。

そんな最中、入院日を迎えた。
計画無痛分娩だったので、入院日が前もって決まっていたのである。

妊婦健診で通院していた際は、1階で外来を受診するのみだったのだが、出産して入院するとなると、初めて2階に上がることになる。

私は受付に案内され、初めて2階に足を踏み入れた。
まず目の前に広がったのは、綺麗なナースステーション…
そして案内された病室はまるでホテル…そこに用意されたウェルカムドリンクやお茶菓子…添えられた手紙やプレゼントの数々…もちろん全部屋個室でシャワーやトイレも完備…
出産前日の処置をする処置室の美しさ、スクリーンに映し出される壮大な自然の映像、癒しの音楽…
見事に全員愛想のいい看護師さんや助産師さん…
運ばれてくる食事は旅館レベル…
必要なものはすべてバトラーさんが運んできてくれる…
入院初日の次の日(クリスマス)、いざ出産するべく部屋を出ようとした私に待ち構えていたのは………ドアの前にちょこんと置かれた、A病院からのクリスマスプレゼント………

……………

ノックアウト。


そう、私は不覚にも、兼ねてから疑いの眼差しを向けていた、ここ、A病院に恋をしてしまったのだ。

幼少期よりどこか冷めていた私が、恋をすることになるとは考えもしなかった。
「恋とは突然落ちるもの」と先人たちが言った言葉が、妙に腑に落ちた瞬間であった。


A病院からのサプライズクリスマスプレゼントを受け取った私は、出産するため早朝のナースステーションに向かった。
出産にかかった時間は8時間。
A病院の出産へのサポートたるや、舌を巻くものであった。

その後もA病院は、初日からとっくに恋に落ちている私に追い討ちをかけるように魅了していった。

出産を終えた翌日から、私の入院スケジュールには、3時のおやつ、夜食が追加された。
もちろん、朝昼晩の3食は相変わらずの旅館レベル…
どうやら一流シェフを雇って作らせているようだ。
料理に使われている野菜は地元の農家から取り寄せたもの。素材にもしっかりこだわっている。
産んだばかりの子供はいくらでも預かってくれるので、夜は預けてぐっすり眠ることも可能。
ミルクのあげ方や母乳のこと、お風呂の入れ方などもすべて実践で教えてくれる…
更には毎日のスケジュールにアロママッサージやヘッドスパなどが自動的に無料で組み込まれている…
無料自動販売機も設備されており、好きな時に好きなだけ、好きな飲み物を飲むことも可能。
品揃えの多い院内販売はAmazonより安く、お届けも早い…
出産翌日に豪華な出産祝いの花束を医師がわざわざ届けてくれる…
火曜日の3時のおやつはデザートビュッフェ…
入院中に一度、出産祝いのコース料理が家族と一緒に食べられる…そしてそのクオリティたるや…


私は退院日が近づくにつれ、これからどう生きていこうかと考えた。
こんなにも好きになった相手と、離れなければならない。
そりゃ、A病院にとっちゃ、私なんか数多くいるうちの1人でしかない。
でも私にとっては……

退院日、私は最後の悪あがきで従業員の方々に帰りたくないと言った。
でもそんなことは叶うはずがない。

帰らなきゃならない私に、A病院は残酷にも追い討ちをかけ続ける…

退院していく私に、私の出産シーンをまとめたDVDをサプライズで院長が直々に手渡し…
更には院長との写真撮影まで…

私は夢のようなA病院での日々を手放し、日常が待つ家に、泣く泣く帰ることになった…。
A病院は私に、恋の甘さ、そして苦さを教えてくれたのであった。

fin.


~エピローグ~

A病院での素晴らしき日々を忘れられない私は、とんでもないミスを犯してしまった。
それは、私のエッセイ【犬を飼いたい】に登場する、最近まで不妊治療中だった姉(次女のなな)に、A病院の素晴らしさを語ってしまったことにより引き起こされた…。
犬を飼いたいを読んでいただければわかるのだが、ななはヒステリックで大袈裟で、クレーマー体質のうるさい女なのである。
そんなななに、私はA病院の素晴らしさを語ってしまったのだ。
今考えれば浅はかだったと反省してもしきれないのだが、当時はA病院と引き離されたばかりで、誰でもいいからA病院のことを話したい心理状態だったのだ。
そんな私に、「A病院どうだった?」とLINEを送ってきたのがななであった。
(ななは常に体調が悪く、常に余裕がないので、家族で唯一お見舞いに来なかった)
私はA病院がどんなに素晴らしかったか、余すことなく話してしまったのである。
すると不妊治療中だったななは、あろうことかその後すぐに妊娠し、なんと、A病院に分娩予約を取り付けてしまったのである!
何をしても文句を言う、クレーマー体質のななが、私の恋して止まないA病院に…!
しかも!
「妹がここで産んだんです!」
と、私の名前まで出して…

恋した相手に、とんでもないモンスターを紹介してしまったと悔やむ今日この頃なのであった。

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