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海外で高評価!日本人女性小説家の作品を“聴いて”みた~柳美里、川上未映子、小川洋子、多和田葉子、村田沙耶香~

毎朝の新習慣、「聴く読書」

最初の緊急事態宣言が出た昨年4月に、朝の30分ウォーキングを始めた。11月にはアマゾンの「オーディブル」を知り、以来、歩きながらの「聴く読書」が習慣になった。

ちょうどその頃に新聞で、日本人女性作家たちがここ数年、海外(主にアメリカ)で次々と受賞したり推薦図書に選ばれたりと評価されていることを知り、いったいどんな作品が海外でウケているのだろうと興味がわき、英語版を聴いてみることにした。

それから約4カ月で、読了ならぬ聴了(?)したのは、以下の6作品。(私が聴いた順) 〔 〕内の本の概要は、アマゾンサイトから引用させていただいた。(西暦は日本語原書の発行年。オーディブルなのでページ数ではなく所要時間を掲載。)

【1】柳美里 “Tokyo Ueno Station”『JR上野駅公園口』(2014)3時間58分   2020年全米図書賞 2020年米「タイム」誌必読書100選
〔一九三三年、私は「天皇」と同じ日に生まれた―東京オリンピックの前年、男は出稼ぎのために上野駅に降り立った。そして男は彷徨い続ける、生者と死者が共存するこの国を。高度経済成長期の中、その象徴ともいえる「上野」を舞台に、福島県相馬郡(現・南相馬市)出身の一人の男の生涯を通じて描かれる死者への祈り、そして日本の光と闇…。「帰る場所を失くしてしまったすべての人たち」へ柳美里が贈る傑作小説。〕

【2】川上未映子 “Breasts and Eggs”『夏物語』(2019)15時間22分 2020年米「タイム」誌必読書100選、2020年「ニューヨークタイムズ」紙書評
 〔大阪の下町に生まれ育ち、東京で小説家として生きる38歳の夏子には「自分の子どもに会いたい」という願いが芽生えつつあった。パートナーなしの出産の方法を探るうち、精子提供で生まれ、本当の父を捜す逢沢潤と出会い、心を寄せていく。いっぽう彼の恋人である善百合子は、出産は親たちの「身勝手な賭け」だと言い、子どもを願うことの残酷さを夏子に対して問いかける。この世界は、生まれてくるのに値するのだろうか―。〕

【3】小川洋子 “The Memory Police” 『密やかな結晶』(1994)9時間8分
2020年ブッカー国際賞最終候補、2019年全米図書賞最終候補

 〔記憶狩りによって消滅が静かにすすむ島の生活。人は何をなくしたのかさえ思い出せない。何かをなくした小説ばかり書いているわたしも、言葉を、自分自身を確実に失っていった。有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、現代の消滅、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。〕

【4】多和田葉子 “The Emissary”『献灯使』(2014)4時間8分
 2018年全米図書賞 

 〔大災厄に見舞われ、外来語も自動車もインターネットもなくなり鎖国状態の日本。老人は百歳を過ぎても健康だが子どもは学校に通う体力もない。義郎は身体が弱い曾孫の無名が心配でならない。無名は「献灯使」として日本から旅立つ運命に。大きな反響を呼んだ表題作など、震災後文学の頂点とも言える全5編を収録。〕【The Emissaryは表題作「献灯使」のみ。】

【5】村田沙耶香 “Earthlings”『地球星人』(2018)7時間6分
 2020年米「タイム」誌必読書100選

 〔私はいつまで生き延びればいいのだろう。いつか、生き延びなくても生きていられるようになるのだろうか。地球では、若い女は恋愛をしてセックスをするべきで、恋ができない人間は、恋に近い行為をやらされるシステムになっている。地球星人が、繁殖するためにこの仕組みを作りあげたのだろう―。常識を破壊する衝撃のラスト。村田沙耶香ワールド炸裂!〕

【6】村田沙耶香 “Convenience Store Woman”『コンビニ人間』(2016)3時間21分 2018年「ニューヨーカー」誌ベストブックス
 〔「いらっしゃいませー!」お客様がたてる音に負けじと、私は叫ぶ。古倉恵子、コンビニバイト歴18年。彼氏なしの36歳。日々コンビニ食を食べ、夢の中でもレジを打ち、「店員」でいるときのみ世界の歯車になれる。ある日婚活目的の新入り男性・白羽がやってきて…。現代の実存を軽やかに問う第155回芥川賞受賞作。〕

*そのほか、松田青子 “Where the Wild Ladies Are”『おばちゃんたちのいるところ』と恩田陸 “The Aosawa Murders”『ユージニア』がそれぞれ2020年タイム誌必読書100選と2020年NYタイムズ注目すべき100冊に入っているのだが、現時点でオーディブルのラインナップに入っていないため、まだ聴けていない。

6作品の共通点は?

さて、私の最大の関心事は、「なぜ彼女たちの小説が、今、海外の評価を受けているのか?」ということだ。そこで手始めに、各作品の共通点を探そうと思った。

まずは主人公の性別はというと、6作品中4作品が女性、2作品が男性(【1】と【4】)という結果に。当たり前だが、女性作家だからといって主人公が女性とは限らない。

面白いのはむしろ主人公の年齢かもしれない。2人の男性は【1】は老年期まで生きて亡くなった老人、【4】は100歳を過ぎてなお元気な老人。翻って4人の女性はいずれもおそらく20代~30代ぐらいの女性。つまり主人公が女性の場合は、作家の実年齢に近いのかもしれない。

時代設定は、過去(昭和)から近未来まで。場所はすべて日本(と思われるが【3】は違うかもしれない)。ひとつ注目なのは、ほとんどすべての作品が2010年代に書かれているのに対し、『密やかな結晶』だけは1994年、と今から四半世紀以上前に書かれていることだ。阪神淡路大震災はまだ起きていなかったが、バブル崩壊後の喪失感が漂っていた時代だったのかもしれない。

現実世界の話か超現実世界(ファンタジー)かというと、【1】は死んだ男(幽霊とも言える)が語るという設定だが、そのことを除けば、語られる出来事はむしろ非常に現実的だ。【3】はモノが次々と消滅していくという設定なので、かなり寓話的。【4】は(おそらく)原発事故の影響で子どもたちが病弱になり大人は長生きする、日本は鎖国に突き進む、という半分架空だが半分は近未来予想図としてありえそうな設定。【2】と【6】は全くの現実世界。【5】は超現実的な描写があるものの、それは語り手の空想または認知の歪みと解釈できるので現実世界と考えていいだろう。

通奏するテーマは何か

次にテーマを考えてみる。非常に大雑把にくくるなら、【1】は「社会の格差」、【2】【5】【6】は「女性の生き方」、【3】【4】は「喪失」と言えるかもしれない。

ただあえて言うなら、それらのすべてに共通するのは、登場人物たちの感じている「生きにくさ」だ。「生きにくさ」の原因はそれぞれ違うけれど、苦しみ・悩みを抱え続けているという点では共通していると言える。

それは5人の女性作家が、現代の日本という社会に様々な「生きにくさ」を感じ取り、また自らも苦々しい体験を抱え続けているからなのではないだろうか。どんな人にも、程度の差はあれ、悩みや苦しみがある。けれどもそれを小説のレベルに引き上げ、「読ませる」作品に仕上げるのは、また別の話だ。それら「生きにくさ」を描いた彼女たちの作品が、ではなぜ今、海外でウケているのだろうか。

日本という国への失望と疑念

日本は昭和から平成にかけて「経済大国」と呼ばれ「先進国」の仲間入りをし、「インバウンド」という言葉が流行るまでに「観光に行きたい国」としても世界の憧れの的となった。京都議定書をまとめるなど世界の環境課題への取組みもリードしてきたし、国際開発援助にも積極的に加わってきた。

しかし特に2011年の東日本大震災と原発事故後は、日本の環境政策や経済政策に疑問符がつくようになり、また子どもの貧困、ジェンダー不平等、難民認定率の低さ、自殺率の高さなど、主に人権分野で国際的にも批判されるように、いや、呆れられるようになってしまった。特に「ジェンダーギャップ(男女平等)指数」は今年も世界157ヵ国中120位。どう見ても女性が生きづらい社会だ。加えて現在の新型コロナウィルスとの戦いにおいても、日本は政府の迷走が続いて決して成功しているとは言えず、ワクチン接種率に至ってはOECD加盟国37ヵ国中最下位(2021年4月現在)という体たらくだ。

そんな中、小説を通して日本の社会を知りたいというニーズが、一定数あったのではないだろうか。実施がいまだに不透明である2020東京オリンピック・パラリンピック大会の開催国として、いったいこの日本という国はどういう国なのか?という関心が、憧れや羨望から、次第に疑いと蔑み・哀れみの眼差しを帯びて、向けられつつあるのではないだろうか。

女性作家たちは、正直だ。日本社会がいつまでたっても生きづらい、その理由と背景を知り尽くし、自己の体験を織り込んで、ときに美しく、ときに赤裸々に、それぞれ独自の物語を綴っている。

個人的お薦めランキング

さて評論家ぶった社会批判談義はこれぐらいにして、最後にせっかくなので、私個人で勝手に決めた、お薦めランキングで締めくくりたい。その評価軸は、単純に「どの作品が好きか」ということの他に、このあと「日本語でも読んでみたいと思ったかどうか」という点も含まれる。

私がこの6作品中一番お薦めしたいのは、【2】の『夏物語』だった。実は6つの中でも最も長く、その分じっくり作品と向き合えたということもあったかもしれないが、登場人物たちがそれぞれにとても切実な苦悩を抱えていて、苦しい物語でもある。けれどもだからこそ、主人公が悩みに悩んだ末に出した結論が、清々しいのだ。そしてもうひとつ、実は英語で聴いたら(当然ながら)全くわからないのだが、原作は多くの部分が、勢いのある大阪弁で書かれているらしい。せっかくだから、日本語でもそこを味わってみたいと思った。

二番目は、【6】の『コンビニ人間』だ。この作品は同じ作者の【5】『地球星人』の前に書かれ、テーマやプロットは似たところがある。けれども読後感がまるで違う。好みの問題だと思うが、私は『コンビニ人間』の方が好きだ。

三番目は、【4】の『献灯使』。変わった設定で面白いというのもさることながら、決してユーモア小説ではないもののダジャレに似た言葉遊びの要素がそこかしこに盛り込まれている作品だ。翻訳する際に言葉遊びは厄介であり、まず、そのまま直訳はできない。だとすると原語はどういう言葉遊びになっていて、それがどう英語に変わったのか、という興味がわいてくる。また表題作以外の短編も、その世界観は共通のものがあるというので、読んでみたい。

もう一つ、私が自ら課した「好きか」と「日本語で読みたいか」という評価軸では上位には入らなかったものの、「ぜひ多くの人に読んでほしい」と思ったのは、【1】の『JR上野駅公園口』だ。作者の柳美里さんは東日本大震災直後、福島のラジオ局でパーソナリティを務める中で、何百何千という人々の生の声を聞いた。その中で、半世紀前の東京オリンピック建設需要で東北から出稼ぎに出た多くの人々の労苦、そして今また大震災と原発事故に翻弄されている苦悩が迫ってきて、共に涙するしかなかったという。上野でホームレスとなりやがてひっそりと亡くなっていく主人公の姿は、矛盾だらけの現代日本を象徴している。「タイム」誌だけでなく、日本のメディアによっても「必読書」と推薦されるべき作品だと思う。

翻訳者たちの存在の大きさ

最後にもう一つだけ指摘しておきたいのが、当たり前なのだが、翻訳書が出版されたからこそ、日本の作家の作品が海外でも読まれるのだということだ。日本語で書かれた小説は、いかにそれが素晴らしくても、英語に翻訳されないかぎり国際的な評価は得られない。一方で、英語にさえ訳されれば、英語圏のみならず世界中の多くの読者が読んでくれる可能性が高まる。(英語圏の作家が恵まれているのはその点だ。)

今こうして日本の女性作家たちが注目されているのは、彼女たちの作品を世界に向けて紹介したい、と努力してくれたエージェント、編集者、出版社、そして翻訳者の尽力があってこそ。彼らがこれからも日本の素晴らしい作家たちをどんどん海外に向けて売り出していってくれることを願いたい。日本の作家はHaruki Murakamiだけじゃない。それに、日本では必ずしも売れていなくても海外でヒットすることも十分ありえるし、逆輸入の形で人気に火が着くことだって期待できる。そんな動きがもっともっと起きてくれば面白いなと思う。


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