Leiden屋根裏物語

明治大学の専任教員。専門は日本文学・文化論。言語態研究。 naitomariko.co…

Leiden屋根裏物語

明治大学の専任教員。専門は日本文学・文化論。言語態研究。 naitomariko.com 2019年9月からオランダのライデン大学に在外研究中。 住んでいるアパートの屋根裏の部屋からライデンでの日々の生活やよしなしごとを語ります。

最近の記事

橋本治『生きる歓び』

橋本治『生きる歓び』 以下、引用。 「私は、恋をしていたことがあったんだ」と、志津江は大きくうなずくように思って、塩漬けの桜の花のついている方のあんぱんを、口許に運んだ。 その塩漬けの桜の花びらは甘くてからくて、それはそのまま、ほとんどそれ以前の自分の人生を嚥み下してしまうようなものだった。 「私は恋をしていて、それだからこそ、今までの人生は、すべて夢になってしまってもいいのだ」と思って、志津江はその四半分のあんぱんを、ゆっくりと食べた。 引用、終わり。 小説内の文章を書き写

    • 橋口亮輔「二十才の微熱」(1993)

      自主ゼミの四年生が卒論で橋口亮輔さんの「ぐるりのこと」を分析していることもあり、ふと思い立って「二十才の微熱」を二十年ぶりに観た。 オランダに住む四十代で社会人の今の私は、当時、東京の西の端で二十代の大学生であった私が、この作品を見た後、寄る辺のない、不安定で、それなのになぜか誰かにそっと寄り添われてもいるような感覚を抱いたことを懐かしく思い出すのだ。 そして、今の私は、当時の私がそのふわふわとしたほんのりとあたたかな感覚を全身で受けとめ、自分の生きる支えを見つけたかのよう

      • Book Cover Challenge Day 5:姫野カオルコ『ツ、イ、ラ、ク』。

        「たくましくしなやかに生きる女性が登場する物語」をテーマに7冊の本を紹介しています。 今日は、姫野カオルコさんの『ツ、イ、ラ、ク』です。 それにしても、なんといかがわしいタイトル、なんと卑猥な感じの表紙でしょうか! そんな我が愚かな先入観によって、長らく手に取らなかったのが、この小説です。 ところが、ふと表紙を開き、冒頭の数ページを読み進めただけで、私は自分の置かれている現実がたちまち背後に遠ざかっていくのを感じ、その物語世界にどっぷりと身も心も浸かってしまったのです。

        • Book Cover Challenge Day 4:本谷有希子『あの子の考えることは変』

          「たくましくしなやかに生きる女性が登場する物語」をテーマに7冊の本を紹介しています。 今日は、本谷有希子さんの『あの子の考えることは変』。 ブックカバーチャレンジは、あれこれ解説を加えてはいけないルールだと知らず、昨日まで長々と書いてきたので、今日は簡潔に。と言っても、長くなるだろうけれど。 「あの子の考えることは変」と、家族や周囲の人たちがため息をつきながら自分のことを話すのを聞きながら生きてきた私は、この本の表紙を見て、自分のことが書かれているのかな?と飛びつき、実際に物

        橋本治『生きる歓び』

          Book Cover Challenge Day3:橋本治『浄瑠璃を読もう』

          「たくましくしなやかに生きる女性が登場する物語」をテーマに7冊の本を紹介しています。 今日は、橋本治の『浄瑠璃を読もう』です。昨年亡くなった小説家の橋本治さんが書かれた、人形浄瑠璃の解説書です。これがもう素晴らしく面白くて! 私は大学生の頃にたまたま公演を見たのがきっかけでハマって以来、大阪の文楽劇場に足を運んだり、本公演に飽き足らず、素浄瑠璃を聞きにいくほど、浄瑠璃が好きです。 でも、なぜ好きなのかと言われると、その理由を説明することができなくてもやもやしていたのですが、そ

          Book Cover Challenge Day3:橋本治『浄瑠璃を読もう』

          Book Cover Challenge Day 2:中島京子『女中譚』

          「たくましくしなやかに生きる女性が登場する物語」をテーマに7冊の本を紹介しています。 中島京子さんの小説には魅力的な女性がたくさん登場する。は、林芙美子の『女中の手紙』、吉屋信子『たまの話』、永井荷風の『女中のはなし』の物語に登場する女中たちの、原作では語られていない側面に光を当てて描かれた短編集で、原作と合わせて読んでも、単独で読んでも一気に物語世界に引き込まれる魅力的な作品である。 私は、女中という、他人の家に平然と住みながらも、いないかのように扱われる存在が気になってし

          Book Cover Challenge Day 2:中島京子『女中譚』

          Book Cover Challenge Day 1:南房総の物語

          海女の鈴木直美さんにお声かけいただいたブックカバーチャレンジ。 せっかくなので、鈴木さんに因んだテーマで7冊の本をご紹介しようと思います。すなわち、「たくましくしなやかに生きる女性が登場する物語」。 1日目は、海女の鈴木さんご自身が主人公として登場する物語です。明治大学南房総ゼミの学生が、実際にインタビューをして話を伺い、イルカのようにしなやかで美しい鈴木さんの人生を小説にしました。 鈴木さんの物語のほかにも、南房総ゼミでは、南房総で活動する女性たちのおおらかで力強くも魅力的

          Book Cover Challenge Day 1:南房総の物語

          貴重だけれども、予断を許さない隣人たち

          19時から23時。 当初は2時間の予定だったのだが、予想通りというべきか、4時間経っても、ちっともそんな感じはしないのだった。 今晩は「女傑」と私が勝手に呼んでいる飲み仲間たちとオンラインで酒を酌み交わした。彼らの多くは、虎ノ門にあるblancというビストロでたまたま隣り合わせたりして知り合った人々である。 「女傑」というからには、性自認として「女」であり、他者から見て「傑士」である人物たちである。そうした共通点がありながらも、年齢も職業も業種も出身地も生い立ちも異なる

          貴重だけれども、予断を許さない隣人たち

          玉男

          Preparing for hanging out with friends virtually. Don’t know what to do with the ball... 友人達とのオンライン飲み会の準備をしているのだけれど、バランスボールに「吉田玉男」と名付けてしまったばかりに、地面に置くことができなくて困っている。こうなったら、玉男さんと並んで飲み会に参加しよう。 吉田玉男さんとは、私が初めて人形浄瑠璃の公演を観て、たちまち夢中になるきっかけとなった、人形遣いの国宝

          Transparent

          An awesome drama series! “Transparent”というアメリカのドラマにどっぷりハマっている。 “Transparent”とは「透明な」とか「率直な」、「素直な」という形容詞であるが、このドラマの場合、その言葉に”trans”な”parent”、つまり「トランスジェンダーの親」という意味が懸けられている。 それがどういうことなのかは、ぜひドラマを観て確認していただきたいのだが、ジェンダー、セクシュアリティ、人種、民族、宗教、家族のテーマがこれだけ真

          牡蠣とシャルドネ

          ゼミの卒業生が初任給が出たのでと、南三陸の牡蠣を送ってくださった。 なんというありがたいこと。 その牡蠣が新鮮で美味しいこと!さきほどまで海にいたのかなあと想像しては、南三陸の海の豊かさを味わう。 まだ木曜日だというのに、日本の魚に合わせることを考えられた富山のsaysfarm さんのシャルドネを空けてしまった。 牡蠣の潮の香りがシャルドネの樽のミルキーな香りとがまろやかに交わって、スルスルと止まらないのである。 セイズファームさんは、明治大学のある駿河台キャンパスのそばにも

          牡蠣とシャルドネ

          Vinho Verde

          冷蔵庫に残された最後の南房総野菜や卵で、ネギ味噌や、卵と絹さやと木耳の炒め物などを作る。むむ!これは、ポルトガルのヴィーニョ・ヴェルデにぴったりの料理ではないだろうか。 「今日は昼間も飲んでいましたが、夜もボトルを抜栓してもよいでしょうか?」 頭の中に住まわせているミニチュアの神様にお伺いを立てると、 「いいよ!」 と即答してくださった。 南房総食材の最後の晩餐である。 明日からどうやって生きていこう。

          一時帰国

          5月19日にオランダに飛ぶ飛行機を予約した。 3月19日に日本に一時帰国してから、2ヶ月ぶりにオランダに戻ることになる。 チケット発券のメールを受け取った途端、体内に溜まっていた澱のようなものがすっと消えてなくなり、身体が軽くなったような気がした。 いつになったらオランダに戻れるのかわからないという先の見えない心配や、戻れるとして日本に家族を残したままで行ってしまってよいものだろうかという罪悪感、自分の身近な生活空間だけでなく、世界全体で生活や人間関係の根本が覆ろうとして

          差異と欲望

          訳あってピエール・ブルデューの『ディスタンクシオン』を読み直している。そして、毎度のことながら、そのやっかいさに忌々しさを覚えている。 そこで、たまたまAmazonで見かけた石井洋二郎さんの『差異と欲望ーブルデュー『ディスタンクシオン』を読む』を手に入れて、合わせて読んでみたところ、するすると流れるように理解できる気がするではないか! 本書の初版は1993年。博士課程2年次で、私がちょうどブルデューの難解さに歯が立たず、絶望していた頃である。本書を導き手に読み進めていたならば

          本物の不器用

          甘夏チーズケーキなるものを作った。 「私、不器用ですから」と謙遜する高倉健さんに、「いやいや、私が本物の不器用ですから!」と主張したくなるほどにガサツな自分は、お菓子作りなどという繊細な作業に携わるべきではないと思ってきた。 しかし、南房総から送られてきた甘夏を食卓に置いて眺めているうちに、「私にも何か作れるかもしれない」という淡い欲望がむくむくと湧き上がってきたのだ。折しも、じろえむさんから大粒の卵が届いた。しかも、冷蔵庫には酒のつまみに常備してあるクリームチーズがある。

          本物の不器用

          蓬のかおり

          昨晩は結局、ワインを二本程開けてしまったので、当然、今日は二日酔いである。 解決しない不安や心配で心の中がもやもやと、アルコールの取りすぎで胃の中がムカムカとしていても、腹は減る。 冷蔵庫の中で、整然と並ぶ美しいタイルのようなじろえむさんのお餅を見つけて、半分はお湯の中へ落とし、半分は焼き網に乗せる。玄米の餅は焼き餅に、よもぎと白米の餅はきな粉餅にする。 どちらももっちりと柔らかく滑らかで、アルコールで弱った胃袋を優しく包んでくれるようだ。 玄米やよもぎの濃厚な香りを嗅いでい