見出し画像

『#お世話になりました』

バイトが休みだったので、朝はゆっくり目覚めた。
それでも、体から気だるさは抜けていない。
カーテンを開けて、すでに高い日を取り入れる。
スマホの通知音。
先に、トイレに行く。
顔を洗うと、少しは体も目覚めてきたような気がする。
スマホを手に取った。
それから、慌ててテレビをつけた。

この世の悲しみなど知らないかのような司会者が、最近流行りのカフェを紹介している。
その画面の上にテロップが出る
「緊急速報」
続いて、
「政府は本日の深夜0時をもって地球が終了すると発表」
同じ内容が2度繰り返される。
引き続き、そのカフェを訪れたタレントが、出されたケーキを大きな口を開けて頬張っている。
スマホの通知も同じ内容だった。

窓を開けて外を見てみる。
駅に急ぐのか、スーツ姿の男が小走りに駆けていく。
お互いにベビーカーを押した母親が、立ち話をしている。
とりあえず、トーストを2枚食べた。
いつもは朝は、温めた牛乳だけだが、何か食べておいた方がいいような気がした。
SNSでは、#ありがとう地球がトレンドになっているらしい。
テレビでは、週刊天気予報をやっている。
続けて、今年の梅雨入りの時期について気象予報士が話している。
その後、明日の放送内容を司会者が笑顔で告げている。

ニュースでは、最初に読み上げられた。
やはり、本日の深夜0時に地球は終わると言っている。
街頭インタビューでは、子どもたちが、
「ありがとう地球」
「今までありがとう」
と差し出されたマイクを笑顔でつかんでいる。
続いて、海外の民族紛争のニュース。
さらに、大国が小国に軍事侵攻したニュースの続報。
両国の首脳が来週にも和平会議を行うと。
そのまま、昼過ぎまで、テレビを見たり、スマホを触ったりしていた。

昼食に出る。
定食屋の前には、まだ行列が残っていたのでそのまま通り過ぎた。
特に特長のないカレーうどんが人気だとか。
近くに住んでいたタレントが、無名の頃によく食べていたとテレビで紹介したらしい。
その先にあるファミレスで済ませることにする。
食後のコーヒーを飲みながら、ウインドウの外に広がる青空を眺めていた。
財布にはこの店のスタンプカードが入っているはずだ。
いつも出し忘れる。
今日は必ず押してもらわなければ。
スマホを見る。
#午前0時

アパートに戻って、バイトのシフト表を確認する。
明日は早番だ。
出勤するべきなのだろうか。
店長に確認しても、まだ仕事中で何も知らないかもしれない。
冷蔵庫を開けて、アルコールが1本もないことに気がついた。
帰りに買って来ればよかった。
インスタントコーヒーの湯を沸かしながら、やはり今のうちに買っておくことにした。
サンダルを引っ掛けて外に出る。

コンビニで、缶ビールと缶酎ハイを3本ずつ買った。
レジ袋も一緒にお願いする。
来週から使えるクーポンが付いてますとチラシを入れられた。
結構な重さになった。
サンダルの親指のところが擦れて痛い。
できるだけサンダルと足がずれないように力を入れて歩く。
アパートの階段をゆっくり上る。
廊下の途中で、端の部屋の女性とすれ違う。
ひとり暮らしの高齢の女性だ。
こんにちはとお互いに挨拶をする。
ドアに鍵を差し込んで、
「お世話になりました」
と言おうとした時には、女性はもう階段を降りていた。

缶ビールと缶酎ハイを1本ずつ飲んだ。
ゆっくりと日が暮れてきた。
テレビでは、首相の緊急会見が流れている。
さらに日が暮れた。
少し眠っておいた方がいいかもしれない。
スマホのバッテリーが少なくなっている。
充電器に繋いだ。
思い直して、また外す。
明日は出勤するべきだろうか。
目が覚めたら聞いてみよう。
眠る前にSNSに呟いた。
「#お世話になりました」





この記事が参加している募集

眠れない夜に

ほろ酔い文学

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?