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エッセイ風連載小説

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エッセイ風の短編小説 繋げていきます
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綺麗な爪と、置いてきた人。

綺麗な爪と、置いてきた人。

作業中のカフェにて。

 「ここにいますか?」
わたしの頭の中を侵略している言葉。パソコンと睨めっこしながら仕事をしていても、ずっと耳の奥で響いていた。キーボードを叩くせいで、人差し指のネイルが剥がれている。綺麗に塗れたと思ったのに。
 削れた部分を見ながら、思い出した。ネイルした手が好きだと、剥がれないように優しく爪を甘噛みした人がいたことを。その時はネイルサロンで、綺麗に仕上げてもらっていた爪

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歪んだ視線の先に

歪んだ視線の先に

綺麗をつくるモノを通して 鏡の中で、知らない女が笑っていた。
新しいリップを唇にのせて、ベースに使った化粧水も新しくデパートで買うケア用品に変えたせいか、わたしではない誰かを見つめている自分にドキリと胸を震わせる。

 「やっぱり、すっぴんが一番いいよなぁ」
愚かな男たちは、そう言う。
当たり前でしょ?
すっぴんというのは素顔が美しいことを言うのだから。
それを求める男は、女でもそうかもしれないが

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走れ、自分の想いより先へ。

走れ、自分の想いより先へ。

ハイエースを運転しながら運転席にて
 ひたすらに前を向いていた。久しぶりの運転なのもあるが、耳の奥にこびりついてしまった声を振り払いたい気持ちも強い。
 「ここにいる」と言ったのは、誰なのか。考えても答えが出ないのはわかるものの、どうして応えなかったのかも、自分では分かっていた。
 ただ単純に怖かったのだ。感覚としては、それだけ。でも、理論的には答えが出ない。自分が自分に問いかけたとでもいうのか。

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透き通る水に映るもの。

透き通る水に映るもの。

鹿島神宮にて

御手洗池のほとり
 周りに、少ないとはいえ人がいるのに……ゆっくり池を覗き込むと、しんと静まり返る心地がした。
慌てて、顔を上げる。
透明度の高い、その水が私を飲み込んでしまうのではないか、と思った。

 「ここに、いますか?」
 そんな声が聞こえた気がして、もう一度、池を覗き込む。
 「あなたは、どうしてここにいるのですか?」
水に映る私の口が、ぺらぺらとおしゃべりを始めた。
 

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