見出し画像

境界性パーソナリティ障害の世界ーI HATE YOU DON'T LEAVE MEー


「精神医学的・臨床的な読みもの」のBPDの本

 昨年、『境界性パーソナリティ障害の世界』の改訂第三版が刊行された。原題は「I HATE YOU DON'T LEAVE ME」(大嫌い、でも捨てないで)。境界性パーソナリティ(BPD)のありよう/辛さを端的に表すこのセンテンスが今回、副題に添えられた。原因や治療法や支え方なども書いてあって、精神医学的・臨床的。それでいて、エピソードや考察に富んでいて、読み物でもある。そして、「他者をラベリングするためにパーソナリティ障害を用いる」ということに注意した態度が通底している。そんな一冊。

そもそも境界性パーソナリティ障害とは何か

 そもそもBPDとは何か。本書によると、以下であるとされる。

 DSM-5(精神疾患の診断マニュアル)のBPDの診断基準は、「現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとするなりふりかまわない努力」「不安定で激しい人間関係」「明確な自己像や自己感覚の欠如」「しばしば癇癪を起こし、不適切な状況で怒りをあらわにする」「激しい気分の変化や、状況的なストレスに対する反応」「慢性的な空虚感」「ストレスによる一過性の非現実感や妄想」「自分を傷つける可能性のある衝動的行動(薬物乱用、危険なセックス、万引き、無謀な運転、むちゃ食いなど)」に要約される。 

pp27-28

 また、スプリッティングという対人認知の仕方が、以下のように紹介される。

良いところと悪いところを併せもつ対象として一貫した視点から他人を見ることができない。

p32

 そして、自分というもののあり方に関しては、「矛盾した感情のせいでアイデンティティがばらばらで、無力感・空虚感を抱いており、そこから逃げ出すためにはなんでもする」「多くの人は矛盾する2通りの感情を同時に受け入れる融通性をもち合わせているが、どちらか一方の感情にとらわれていると、もう一方は全く念頭にない状態で、2つの感情の間を行ったり来たりする」と述べられている。

BPDの人との接し方

 この本では、

どのようなかたちで接するにしても、激しい反応が返ってきます

p35

 というふうに書かれている。ではどうすればいいのか。第5章「SET-UPコミュニケーションを活用する」で、あるコミュニケーション体系が紹介される。これは、

  • S(サポート:支持)とE(エンパシー:共感)とT(トゥルース:真実)

  • U(アンダースタンディング:理解)とP(パーサビアランス:根気)

をバランスよく取り入れたコミュニケーション方略を指す。この接し方を述べた章はこのように結ばれる。

たびたび挑発を受けるなかで変わらない受容の姿勢を保っている人は、BPDの人の混沌とした世界に安定というものの模範例を示してくれることでしょう

p225

 このSET-UPコミュニケーションは、①深いけど、②お互いに振り回されない、③安定した関わりを示してくれて示唆的であるように思う。

「メンヘラ」「おもしれー女」と言う前に

 この本の公式ページでは、副題が「あなたなんか大嫌い、でも捨てないで」という女ことばで訳されている(このnote冒頭のリンク)。これは端的にジェンダー・バイアスだ。「BPDが女性に特有の病気である」というバイアスに関して、一節を設けて説明される。

最近の研究によると、女性の方が治療を受ける頻度は高いものの、有病率は男女ともに同じ程度であることが確認されています。

p37

BPDの診断には、臨床家のバイアスがかかってるのではないかと考えている人たちもいます。アイデンティティや衝動性の問題について男性をより「健常」と判断しがちな心理療法士の考え方が、男性の過小診断につながっているのではないかと見ているのです。

p 37

 人をカテゴライズして面白がったり見下したり振り回されたりしても、何も始まらない。カテゴリーではなく、その人のナラティブ(これまでの物語とそれに基づく語り)で相手を見てから、関わりは始まるのだと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?